ジゴワットレポート

映画とか、特撮とか、その時感じたこととか。思いは言葉に。

公式がネタバレをどんどん投下する『シン・ウルトラマン』の広報戦略がイマドキ

映画『シン・ウルトラマン』の広報まわり、とても興味深い。

 

俗な表現でいくと「公式がネタバレをどんどん投下してくる」パターン。これは色んな意味でイマドキだなと、公開から約2ヶ月、楽しんで見ていた。(公式が正式に情報を出してるのでネタバレもへったくれもないのだが、文意優先でそう表現することをお許しください)

 

引用:映画『シン・ウルトラマン』ゾーフィ&ゼットン名場面映像【大ヒット上映中】 - YouTube

 

以下、記録も兼ねて投下ペースと内容の列挙を。

 

2022年5月13日。映画『シン・ウルトラマン』が公開。この時点では、予告映像に登場したネロンガ・ガボラ・ザラブ、そしてメフィラスの人間態のみが登場怪獣として判明しており、ファンの多くはどの怪獣が登場するのか期待に胸を膨らませていた。メフィラスが怪獣態になるかどうかも、勿論不明だった。

 

 

5月23日。まさかの登場となったゾーフィの存在が明かされる。フィギュア化の一報から公になるパターン。まだ劇場公開から1週間そこらである。

 

 

5月25日。長澤まさみの巨大化が明かされる。メフィラスが出る時点で大方予想はされていたが、マジでやるとは。ロケ地も当時のフジ隊員と同じ場所らしく、原典を知る層に訴求していく。

 

www.cinematoday.jp

 

 

5月27日。本編冒頭映像1分17秒がYouTubeで公開。『ウルトラQ』関連の怪獣の存在など、ケレン味たっぷりの導入部が明らかに。シン・ゴメス解禁。

 

 

6月3日。主題歌コラボMVが公開。メフィラス星人の怪獣態と『シン・ゴジラ』への目配せを兼ねた竹野内豊の出演が明かされる。

 

 

6月4日。公式から正式に「ネタバレOK」とのお達し。公開からまだ1ヶ月も経っていない。

 

 

6月6日。山本メフィラスムーブメントに迎合するように、メフィラス名場面映像が公開。ネットの盛り上がりを公式が追いかける。「時流に乗る」、私の好きな言葉です。

 

 

6月13日。ウルトラマンの声を演じたのが高橋一生であることが公開。ここで公開からちょうど1ヶ月。

 

 

6月24日。本編冒頭映像10分33秒がYouTubeで公開。グレーの体色でAタイプなウルトラマンがスペシウム光線を放つまで。予告で使われていた光線シーンが事実上のフェイクだったのも、今思えば遠い日の面影。

 

 

6月25日。ゼットンが公開。公式からこのビジュアルが公になったのはおそらくこれが初。

 

 

6月27日。ゾーフィ&ゼットン名場面集が公開。山寺宏一の声の出演も明かされる。クライマックスの映像がめちゃくちゃ使われている。

 

 

6月30日。VFXのメイキングが公開。モーションキャプチャーでクレジットされていた庵野氏の実際の動きが見られる。「 “あの庵野” がウルトラマンを演(や)る」という文脈の強さもあってか該当ツイートは数時間で万単位のRTへ。

 

 

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「劇場公開とTwitter」というトピックは、常にネタバレ問題と隣り合わせだ。

 

結局は各人がTLを巧く構築する他ないのだが、特に大作が公開された週末あたりからは、Twitterにふせったーの波が押し寄せる。「(作品タイトル)、○○○○○○○・・・」というツイートが無限に出現し、ネタバレ配慮のワンクッションを置いた上で感想が交わされるのだ。

 

 

ふせったー公式も、大作が公開されたり最終回を迎えたりすると、商機を逃すまいとこうして存在をアピールしている。このサービスは作品の展開やオチに限らず、作品に仕込まれた何らかのサプライズについて語りたい際に、非常に有効である。私もふせったーを長年愛好しており、その恩恵は重々承知している。

 

とはいえ、それはいわゆる性善説に基づくような話だ。公開直後だろうがなんだろうが、ネタバレをオープンにがんがん話題にする人は結構いる。オープンにして話すと未見の人の興味関心を削いでしまうのではないか・・・ という配慮(?)のマインドも、もしかしたらすこぶるオタク的な発想なのかもしれない。

 

それに、不用意にネタバレな話題を扱うとワールドワイドなSNSで急に誰かに刺される恐れがある。つまり、観た映画について踏み込んだ感想をツイートしたくても、それがネタバレになるから扱えない。ふせったーで書くのも良いが、それは未見の人からしたらパンドラの箱なので容易には開けられない(=布教にはならない)。SNSの広大なマーケットでムーブメントを起こそうにも、オタクがこぞって配慮した結果、盛り上がるのは「○○○○○」の羅列。それは、「なんか盛り上がってるっぽい」の域を出られるのだろうか。

 

あるいは。「Z世代はネタバレに抵抗がなくむしろオチを調べてから鑑賞する」という言説が叫ばれるようになって久しい。それは、時間を無駄にしたくないからか。失敗をどうしても避けたいからか。私個人としては、わざわざ観に行った映画がすこぶる微妙で「微妙~~!」と眉間に皺を寄せながら帰路に着くのも大切な経験だとは思うが、他方で、ハズレを引きたくない心理もよく分かる。「普通の人」は、映画館での映画鑑賞は年に1本か2本なのだ。そりゃあ、外さないに越したことはない。だからこそ、公式がネタバレをどんどん投下していけば、ファンもそれに伴って感想のレイヤーを調整するため、TL閲覧が自然と「オチを調べる」行為に近づいていく。

 

この、「ファンが感想のレイヤーを調整する」というのが、実に巧妙だと思うのだ。配慮したいオタクは、結局は公式の許しを待っている。「これについて話題にしてOKですよ」「ここまでは語って大丈夫です」という、お触れを待っているのだ。『シン・ウルトラマン』の情報の出し方とそれを受けたファンの動きをずっと見ていたが、投下に連動するように、「今日から『ウルトラQ』まわりは語ってヨシ!」「ゾーフィに触れるけどまだゼットンの名は出さない」といった調整をする人が多かったように思う。それも、おそらく無意識に。もし「ネタバレやめてください!」と刺されても、懐から「公式の許し」という盾を取り出すことができる。その心理状態を、じっくりと誘導しているのかもしれない。(以前『進撃の巨人』が公式に「○○話まではネタバレOK」と告げた時も、すこぶるイマドキだと感じたものだ)

 

やはり、人は「盛り上がっているもの」に弱い。夏の夜の虫のように光に吸い込まれる。行列があれば近寄ってしまうし、車が多く停まっていれば気になってしまう。オタクの配慮は「○○○○○」ばかりで、どうにも「盛り上がっている」の可視化に欠けてしまう。であれば、公式自ら段階的に隠し玉とされていたアレコレを投下することで、「○」を取り払い、しっかりと「盛り上がっている」に見せようではないか。誰とでも繋がれるからこそ、誰にでも配慮しなくてはいけなくなった時代。その配慮こそがムーブメントを妨げてしまうのだとしたら。熱量の高い客層は、放っておいても公開直後に劇場に駆け付けるのだ。「そうでない人」の背中を押せるのは、「盛り上がっている」オーラに他ならない。

 

ちょうど同時期、映画『ドラゴンボール超 スーパーヒーロー』も公開後PVと題して同作の隠し玉をがっつりと公開していた。劇場公開から僅か18日後の出来事である。私個人の体感だが、これらに限らず、公開中にいわゆる隠し玉とされている要素をオフィシャルに明かす映画は、近年増えてきたように思う。どんどん投下し、どんどん語ってもらい、どんどん未見者を煽る。円盤ではなく銀幕で稼ぎ抜く。そんな勢いを感じる。

 

これからもこうした情報公開が業界で標準化されるのであれば、気になっている映画は早々に観に行かなければならないだろう。「公式からネタバレをくらう」という間違った日本語が、今まさに、映画産業で加速しているのかもしれない。

 

 

感想『シン・ウルトラマン』 繊細な愛と露悪。そして、祈り。

『ウルトラマン』はどんな作品か。日本の特撮文化、ならびにエンターテイメント史に如何なる影響を与えたのか。

 

それは、今更私なぞが語る必要もないだろう。偉大なる銀色の巨人の物語を、それらを幼少期に脊髄にまで叩き込んだであろうスタッフの面々が、この2000年代に描き直す。それも一本の映画として。これがどれほどにハードルが高く、難しい注文なのか。一介の特撮オタクとして、そんなことを夢想しながらここ数ヶ月を過ごしていた。

 

『シン・ウルトラマン』公開前日、タブレットでせっせとツブラヤイマジネーションを開き、『ウルトラマン』を復習鑑賞していた。手元には副読本、洋泉社刊の『別冊映画秘宝ウルトラマン研究読本』。これがまた驚くほどの熱量と資料性でマストバイの一冊なのだがそれはさておき、同じくリビングでスマホ片手に韓ドラを観ていた嫁さんが声をかけてきた。「それなら私も知ってる」。彼女が指したのは、本のページに載るバルタン星人。そうだろう、そうだろう。バルタン星人はなんたって円谷のスター怪獣だからな。「じゃあこれは?」。気を良くした私はページを捲りレッドキングを見せると、「それは知らない」と。なるほど、ではこれはどうか。ダダ、知らない。ゴモラ、知らない。ゼットン、知らない。なんと、彼女が知っているのはバルタン星人ただ一個体のみであった。

 

 

まあ、正直「そういうもの」なのだ。この現代日本において、ウルトラマンを知らない人はほとんどいない。全く知らない人と出会うのは至難の業だろう。しかし、一度怪獣となればどうだろう。どれほどの人間が、何体の怪獣の名を挙げることができるだろう。

 

国民的コンテンツでありながら、割とこういう側面を持っているのがウルトラマンである。なんとなく銀色の巨人が出てきて、カラータイマーが鳴って、怪獣をスペシウム光線で爆散させる。ウルトラマンが実は普通に日本語を喋ることも、手から水が出ることも、硬いものを殴ったら手首を振って痛がる人間味を持つことも、異星人として地球人と融合したからこそのドラマがあることも、実は全く知らない人が多い。特撮好きとTwitterでわいわいやっているとつい忘れがちだが、まあ、割と、「世間」とはそういうものである。しかし、これは別にそれを腐したい訳でも、嘆きたい訳でもない。他方で、私はナンバープレートの色なくしては軽自動車と普通自動車を見分けられないのだ。往々にして、そういうものである。

 

例によって前置きが長くなるが、では『ゴジラ』はどうか。これも割と近い側面があると感じていて、皆が知っているけど知らないという環境がある。2016年の『シン・ゴジラ』は結果として「世間」を巻き込んだ大ヒット作となったが、これには庵野秀明総監督をはじめとした送り手の巧妙な公算があった。

 

 

ネタバレ厳禁としてひた隠しにされていた、ゴジラの進化前形態。あれが ど〜ん とスクリーンに映った瞬間、ゴジラを識る多くのオタクの脳は一瞬にしてフリーズしたことだろう。「見たこともない巨大不明生物が日本に上陸する」。それは、1954年当時に初代『ゴジラ』を観た観客と同じ心理であった。あの進化前形態というワンアイデアで、ゴジラという3文字が宿していたありとあらゆる前提条件や予備知識を吹っ飛ばしてしまったのである。

 

こうしてゴジラを見事アンノウンに仕立て上げた物語は、日本人ならではの根回しと段取りが交錯する泥臭い政治劇を経て、まるで池井戸潤作品のようなチーム型逆転エンターテイメント活劇として決着する。原子力との共存を余儀なくされる現代への強烈な風刺も含めて、『ゴジラ』と「世間」の間にあった溝を徹底して埋めていったのだ。庵野総監督ならではの洗練されたカメラワークやカット割りは、「世間」の目にはむしろ斬新に映ったのかもしれない。そういった意味で、『シン・ゴジラ』には「世間への忖度」(あえてこう表現する)を正面から貫くだけのエンターテイメントとしての強度があったのだ。

 

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M八七 (通常盤) (特典なし)

 

さて、その座組を継承した『シン・ウルトラマン』である。

 

事前にツブラヤイマジネーションを活用し改めて『ウルトラマン』を復習鑑賞し、関連楽曲を車で流しながら公開日朝イチの劇場に駆け付ける。今は全てに恐れるな、有休を知る、ただ一人であれ。

 

駐車場で待機していると、続々と現れる初日初回組の面々。開場と同時に取り急ぎパンフレットとデザインワークスを確保し、トイレを済ませた後、ゆっくり精神統一をしながら席に着く。一介のオタクとして、ありとあらゆる予想や不安や期待がある。が、しかし。そんなものはもはやどうでもいい。「面白い映画」であってくれ。そして願わくば『シン・ゴジラ』のように良い意味で「世間へ忖度」した、それこそをエンターテイメント性でゴリ押ししてくれるような、そんな作品であってくれ。

 

・・・そう願いながら、『シン・仮面ライダー』の新予告に胸を躍らせつつ、銀幕は開けるのだった。

 

※以下、『シン・ウルトラマン』へのネタバレを記します。

 

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鑑賞後すぐの熱でこれを書いているため、ここには、その率直な想いを綴ることとする。観終わってすぐに感じたのは、「理解」と「不安」であった。

 

まず、「理解」。『ウルトラマン』の現代的再解釈について。事前の諸々のインタビューでも、樋口監督は庵野氏が手がけた脚本の「TVシリーズ再構築の妙」を讃え、それがあるからこそ本作に取り掛かったと述べていた。確かに、『ウルトラマン』のあの物語を限界までリスペクトしつつ一本の映画にすると、これになるだろう。つまり、多種多彩な怪獣が現れてプロレスするバラエティさを抑えつつ、人間と融合した異星人という作中最大のトピックにフォーカスし、ザラブやメフィラスといった同じ異星人の視点や行動を踏まえながら、「人間とウルトラマンの関係性」を描き切る。テーマを総括する役割、あるいは一種のデウス・エクス・マキナとしてゾーフィを登場させ、ゼットンを惑星破壊兵器に位置させる。当然、ウルトラマンはゼットンに敗北する。しかし、人間の叡智の結晶が逆転の道を切り拓く。そうして、地球を愛した異星人は青い星を去っていく。

 

・・・なるほど非常に理に適っている。私の頭の中にいる「特撮オタクの自分」は、このストーリーテリングに太鼓判を押している。それはもう、満面の笑みで。

 

加えて映像。さすがにミニチュアや着ぐるみといった手段は取られていないが、かなり当時のSFXを意識した作りであった。CGか着ぐるみか、なんてのは単なる手段の違いでしかない。重要なのは、SFとしてのワンダーを含んだ映像、つまるところの空想特撮映画に成り得ているかである。その点、本作は邦画のバジェットとしては一定の水準に達していたといえるだろう。さすがに海の向こうの一流のアレやソレには劣るものの、怪獣の肌の質感、ウルトラマンの銀色のスーツを解釈したシワの表現、スペシウム光線やウルトラ光輪といった技の数々など、徹底したこだわりが感じられる仕上がりであった。役者がiPhoneで撮った映像は色んな意味でイマドキだが、それなりの臨場感はある。やや「樋口監督による庵野総監督オマージュ」がキツいきらいもあったが、ここまでタッグを組んできた両者をオマージュでくくることが失礼なのだろう。影響値、と見るべきだ。

 

冒頭に現れたウルトラマンがグレーで、マスクも口周りにシワが寄るAタイプ。しかし、人間と一体化した後はお馴染みの赤が差し、力が弱まるとそれがグリーンになる。まるで『仮面ライダークウガ』のようにステータスによって体色が変化する設定が盛り込まれているが、これは(レッド族やブルー族といった設定を汲みつつの)原典『ウルトラマン』作中のスーツタイプの異なりへのオマージュだろうか。そんな異星人(作中では「外星人」と呼称される)が、子を守って命を危機に晒した男と一体化する。本来禁止されているその融合を経て、ウルトラマンは地球の文化に触れていくこととなる。

 

遡れば、『ウルトラマン』において主人公・ハヤタとウルトラマンの「人格どっち問題」について、実は同TVシリーズ内には明確な答えが無い(と私は解釈している)。ウルトラマンがハヤタの身体を借りてあの言動を取っていたのか、あくまで心中にウルトラマンを宿したハヤタが認知のイニシアチブを持っていたのか、あるいは融合個体としての第三の存在だったのか。ゼットンが散った最終回でハヤタは記憶喪失者として描かれるが、その詳細までは明かされない。とても柔軟な解釈を孕んだバランスである。

 

だからこそ、そこにクリエイターの想いが乗っかってくる。様々な解釈が赦されるからこそ、想いを込める余地があるのだ。『シン・ウルトラマン』では、これを「神永(演:斎藤工)の身体を借りたウルトラマン」に設定。広辞苑をぱらぱらと捲りながら驚異的なスピードで地球の知識を識っていくウルトラマンは、やがて禍特対との触れ合いを通して人間という群れならではのコミュニケーションを、そしてホモ・サピエンスの愚かさとそれを上回る可能性を実感していく。ザラブとメフィラスの暗躍により「地球人があらゆるマルチバース(本作ではこれを単に「宇宙」や「銀河」と解釈して良さそうなワードチョイス)から生物兵器として利用されそうな可能性」が露呈し、それに危機を覚えた光の星のゾーフィは、兵器ゼットンを用いて地球人を星ごと焼き尽くそうとする。しかし、ウルトラマンはそれに反逆。あろうことか光の星の裏切り者となり、ゾーフィが発動させたゼットンに単身立ち向かうのだ。

 

この、ウルトラマンを母星の裏切り者とするプロットからは、ウルトラ文化に育てられたクリエイター諸氏の切な願いが感じ取れる。「ウルトラマンには地球を愛してほしい」「ウルトラマンに人類を好きでいてほしい」。そういった、樋口監督の、庵野氏の、無数のクリエイターの祈りのようなものが『ウルトラマン』が持つ原典のプロットと融合し、物語を推進させる。母星の決定に反してでも、自らが愛した地球を守るウルトラマン。あの銀色の巨人には、そういった行動原理が宿っていてほしい。ここに、ウルトラマンを愛した者達の溢れんばかりの愛をひしひしと感じるばかりであった。

 

そう、愛なのだ。本作は非常に愛に溢れている。むしろ溢れすぎている。暴力的なまでに。同時にひどく繊細に。

 

冒頭、例の ドッ!タンっ! の音楽が鳴ったかと思えばぐるぐると渦巻きが現れ、それがシン・ゴジラの文字になる。ドギャーーン!のSEと共に、それはシン・ウルトラマンに。言うまでもなく『ウルトラマン』の冒頭でウルトラQの文字が出るオマージュなのだが、これでニヤリと出来る人が「世間」にどれだけいるだろうか。直後に出てくる『ウルトラQ』の怪獣たち。ゴメスがゴジラの着ぐるみを流用したものを受けてか、シン・ゴメスともいうべき個体が開幕いきなり登場する。『ウルトラマン』当時の外連味溢れる劇伴は作中で幾度となく流れ、外星人が喋ると例のピロピロが聞こえ、電話の音も例のキュルルルだ。ウルトラマンは吊り人形がぐるぐると回る往年の演出をそのままやってのけるし、ぐんぐんカットも照れなくやる。『ウルトラマン』最終回と同様に、ぐんぐんカット逆再生で人間と分離するウルトラマンも、本当にそのままやる。あの、今の感覚で一見すれば馬鹿馬鹿しいかもしれない数々を、当時の文芸ならではの牧歌的な空気でこそ成立したあれらを、びっしりとやってのける。

 

ここに、前述の「不安」がある。果たしてこの繊細で暴力的な「愛の形」は、世間に届くのだろうか。『シン・ゴジラ』がやり遂げたような、直球エンターテイメントで「世間への忖度」を実現のものとするような、そんなパワーを秘めているのだろうか。

 

しかしなんと、パンフレットの樋口監督のインタビューには以下の証言がある。

 

オリジナルが好きな人に向けてサービスしましょうということは、実はほとんどやっていないんです。あからさまに過去の作品に目配せしたものにすると、それはどこか閉じたものになってしまう。私としてはもっと間口の広いものにしたいので、確かにオリジナルを踏襲した表現をしている部分もありますが、それは知っている人が気付けばいいのであって、そういうことばかりやっているから面白いでしょうという作品にはしたくなかった。軸足をオリジナルに近づける方向ではなく、オリジナルが大好きであるがゆえに、そこから離れたいという意識が強くありました。別にオリジナルを否定するのではなく、それをなぞるのは良くないと感じるんです。

・東宝『シン・ウルトラマン』パンフレットより

 

この一文を、どう受け止めるべきだろう。ごく個人の受け取りでいえば、『シン・ウルトラマン』は相当に「閉じた」作品である。クリエイター諸氏の、良く言えば愛の結晶、悪く言えば露悪的な悪ノリがそこかしこにあり、それは『ウルトラマン』をある程度識っていることで中和される。これをもって「意識してやっていない」とするならば、むしろ、無意識レベルで脊髄の奥の奥にまで染み込んでいたということだろうか。意識して距離を取って「これ」なのだとしたら、もう、それはオタク的な褒め言葉での「末期」と言わざるを得ない。

 

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「世間」にウケるような、邦画としてのバディムービーの味があるかと思えばそうでもない。禍特対の面々は個性豊かで観ていてとても面白いが、ウルトラマンが彼らを愛したが故に・・・ というプロットと釣り合うだけの人物造形には届いていない。にせウルトラマンもいい。巨大長澤まさみもいい。やりたいのは分かるし、それが「あの手この手で地球に攻めてくる異星人」のバリエーション描写であることも、この手の荒唐無稽さがむしろ円谷作品の味であることも分かる。

 

が、このストーリーに最も必要なのは「ウルトラマンが地球人に感化される」それ自体ではないか。骨子にあるべきその過程がどうにも食い足りないため、ウルトラマンがゼットンと対峙してその身を賭すカタルシスが弱い。地球人の叡智の結晶も、それをビジュアルではなく言葉で説明されるため実感として得にくい。いわゆるヤシマ作戦パターンなのだから、もっと絵的な説得力が欲しい。そして、結局はそれも「ウルトラマンが単身でゼットンを倒す方法を導き出す」というものだ。ウルトラマンがヒントを与え、人類が立案し、ウルトラマンがそれを実行する。うむむ、「ウルトラマンがいなくても我々人類がやっていくのだ!」という原典が持つテーマのリプライズとしては、これもいささか弱い。ウルトラマンが満身創痍でゼットンに隙を作り人間にトドメを刺させた漫画『ウルトラマンTHE FIRST』の方が個人的には好みである。

 

 

果たして、これはウケるのか。もちろん、究極は私個人が面白いと感じられるか否かだ。しかし、こういう属性の映画がしっかりヒットしてくれることが、コンテンツの永続と発展に繋がっていく。これぞまさに、ひとつの捻くれた、しかし真っ直ぐな「祈り」だ。さあ、どうなる。「世間」はこの愛の形をどう観るのだ。私の頭に住む「オタクの自分」は、まるで難解な計算式を解いた後のように、理知的にこの映画に納得を覚えている。が、「そうでない自分」はシラフだ。ぶっちゃけ酔えていない。度数が足りない。もっともっと、泥酔したかったのが本音かもしれない。

 

M八七

M八七

  • 米津玄師
  • J-Pop
  • ¥255
  • provided courtesy of iTunes

 

遥か星の空が ひどく輝いて見えたから 僕は震えながら その光を追いかけた

 

米津玄師の主題歌『M八七』冒頭の一節だが、これまたとても示唆に富んだフレーズではないか。劇中でウルトラマンを見上げる地球人のようであり、ブラウン管テレビにかじりついたあの頃の子供達のようであり、そして、青い星の生き物をどうしようもなく愛してしまった外星人の独白でもあるようだ。そんな繊細な愛が、暴力的なこだわりが、懇切丁寧な露悪が、どう映るのか。「ウルトラマンに地球を好きになってほしい」「我々は彼に愛されるだけの人類でいなくてはならない」、そんな願いや祈り、あるいは誓いは、どう届くのか。

 

これからネットに無数に溢れ出るだろう感想を読むのを、特撮文化が大好きな一人として、楽しみにしたい。

 

成田亨作品集

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インタビュー企画「あなたとトクサツ。」に参加しました。(特撮原体験やブログの裏話など)

かねてより仲良くさせていただいておりますRyoさんのブログ『僕が僕であること(仮)』にて、インタビュー企画に参加いたしました。という、ご報告です。

 

www.bokuboku12.net

 

Q.どういうインタビュー企画?

A.「特撮と人生」に関する自分語り企画。

 

 「特撮」って、ジャンルとしてはちょっと特殊な部類だと僕は思っていて。

 

 コアなファンの方にも、小さな頃からずっと好きでい続けている方もいれば、卒業と復帰を何度か繰り返している方もいる。人によってその卒業した時期はバラバラで、復帰したきっかけも本当に千差万別なんですよね。そして、そこに必ず何かしらのドラマがあるのも面白いです。

 

 特撮というジャンルの特性上、まずは幼少期の頃にハマって…というケースが圧倒的に多いので、大人になってからも特撮が好きだという人のお話を聴かせてもらうと、何かその人の人生そのものを覗き見しているような気になってしまいます。お互いに興味がつきなくて、「僕はこうでしたが、あなたはどうでしたか?」というラリーが延々続くという(笑)。

 

 そこでハッと思いつきました。

 

 「このブログを通じて、読者の方々にそれぞれの『特撮と人生』についてお聞きすればいいのでは…?」

 

(中略)

 

 題して「あなたとトクサツ。~あなたの「特撮と人生」をお聞かせください!~」。

 

 元々このブログでは、僕と息子がそれぞれどういう風に特撮にハマり楽しんでいるかを記事にして書いてきたという経緯があります。なので、せっかくだから読者の方々にも同じように堂々と「自分語り」をしていただきたい、そして僕もそれを是非聞いてみたいと思ったのです。

 

【告知】募集型企画「あなたとトクサツ。」を立ち上げます。 - 僕が僕であること(仮)

 

・・・といった内容でして、主に『ウルトラマンパワード』との幼少体験、そしてブログ執筆の背景にある「作品の観方」について、語らせていただきました。

 

「インタビューを受ける」という行為が非常に気恥ずかしく、また、実際の記事でもありがたすぎて頭が上がらない言葉を沢山並べてくださっていて、ぶっちゃけ赤面モードです。とはいえ、「自分語りそれ自体が企画趣旨」というスタンスでRyoさんが接してくださったので、すごく自由に、いつもブログを書くように、長文でがんがんやり取りさせていただきました。

 

いわゆる「原体験」には沢山の思い当たりがありますが、やはり自分には『ウルトラマンパワード』が欠かせないのです。あのアメリカの渇いた大地で戦うウルトラマン。衝撃でした。怪獣の着ぐるみ造形もすごくって。VHSを何度繰り返したことか。後年、自他ともにオタクになってから、同作がDVD化されていないことを知って大いに嘆きましたね。Blu-ray化、本当に嬉しかった。感謝しかない。ありがとうございます。

 

そんな『パワード』について、パワードバルタンのデザイン解釈、リブートという概念とのファーストコンタクト、ウルトラマンのコンテンツとしての強みなど、インタビューに答える形で語りました。続いて、『ジゴワットレポート』の裏話というと大層ですが、自分が普段どんなふうに作品を観ているのか、などなど・・・。

 

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▲ 提供させていただいた私物の写真。

 

それにしても、Ryoさんの名インタビュアーっぷりに惚れ惚れでした。なんて紳士的で軽快なやり取りなんだと。質問だけじゃなく、ご自身の思い出も持ち出されてキャッチボールしてくださったので、すごくやりやすかったです。ありがとうございます。

 

「あなたとトクサツ。」、まだまだ参加者を募集されているとのことなので、ご興味ある方は是非に!

 

www.bokuboku12.net

 

 

ウルトラマントリガーくんと僕

トリガー「次のウルトラマンは、ニュージェネレーションティガ!」

 

僕「ニュージェネレーションティガ!?」

 

トリガー「そう、新しい世代のティガだよ!」

 

僕「なんてこったい。まさかそんなアプローチのウルトラマンが出てくるなんて」

 

トリガー「ティガのこと好き?」

 

僕「もちろん。ティガ世代だからね。パワードやGも好きだけど、やっぱりあの頃、国産のウルトラマンに飢えてたから。VHSで昭和ウルトラマンを繰り返し観ていたから、ティガが始まった時は興奮したよ。やっとこさ自分たちの世代のウルトラマンだ、って」

 

トリガー「そうだよね。ティガは今でもすごい人気だもんね〜」

 

僕「でも、自分も含めてだけど、逆にどこか神格化しちゃう時もあるんだよね。良くも悪くも。ティガって不思議な作品」

 

トリガー「どうして? 大好きなんでしょ?」

 

僕「めちゃくちゃ大好きだよ。でも、だからこそ、っていうのかな。ティガの思い出って、『当時16年ぶりのテレビシリーズだった』という背景を抜きにして語れないから。作品の内容だけで感想を語るのが難しいんだよね。だから、どうしても崇めるような気持ちになっちゃう」

 

トリガー「そんな感じだから、みんな今でもティガが大好きなのか〜!」

 

僕「そうなんだよ。砂漠をさまよった後のカラッカラの喉でコーラを飲んだとして、そのコーラの味を冷静に説明なんてできないでしょ? そんな感じ、っていうか」

 

トリガー「そういう人たちの想いがあるから、ティガは今でも絶大な人気を誇るんだろうね」

 

僕「ウルトラマンのニュージェネレーションシリーズも長く続いてきたけど、タイガで映画を含めてその総括っぽいことをやって、Zは独自のエンタメ性に富んでて。そして、その次にまさかティガのリブートとはね」

 

トリガー「え? リブートじゃないよ?」

 

僕「え? ニュージェネレーションティガなんでしょ?」

 

トリガー「そう、ニュージェネレーションティガ。でもリブートじゃないよ」

 

僕「じゃあ続編か〜」

 

トリガー「え? 続編じゃないよ」

 

僕「え?」

 

トリガー「ティガの続編をやる訳じゃないよ」

 

僕「リブートでも続編でもないとすると、リメイクかな?」

 

トリガー「リメイクでもないよ」

 

僕「え? ちょっと待って、じゃあ、ニュージェネレーションティガって、なに?」

 

トリガー「ニュージェネレーションティガは、ニュージェネレーションティガに決まってるじゃん」

 

僕「ニュージェネレーションティガ?」

 

トリガー「ニュージェネレーションティガ!」

 

僕「どういうこと?」

 

トリガー「ほら〜!スマイルスマイル〜!」

 

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僕「まあ、いいや。始まれば何がどうして『新しい世代のティガ』なのか、分かるんでしょう。まずは観ないとね」

 

トリガー「始まるよ!ウルトラマントリガー!」

 

僕「わっ!タイトルコールが子供の声!ティガと一緒だ!」

 

トリガー「興奮する?」

 

僕「する!」

 

トリガー「ルルイエ、出しとくね」

 

僕「主人公が持ってる花の名前がルルイエ!ティガの古代遺跡の名前!これはつまり何かしら関係してるんだね!?」

 

トリガー「いや、特には」

 

僕「え?」

 

トリガー「ルルイエって出しとけばティガっぽいかな、と思って」

 

僕「そ、そんな」

 

トリガー「いいからほら見て、火星でトリガーが覚醒したよ!」

 

僕「坂本監督の特撮はやっぱ映像いいよなぁ」

 

トリガー「でしょ〜!?」

 

僕「古代の力で神秘的な扱いを受けてるトリガー、すごくティガっぽいアプローチだよね。喋らないウルトラマンも久々だ」

 

トリガー「使うよ!ほら見てて!サークルアームズ!」

 

僕「えっ、ちょっと待って。サークルアームズって名前のトリガーの武器、アイテムを挿すスロットが付いてるデザインなの? どうして?」

 

トリガー「だってガッツハイパーキーが挿せるから」

 

僕「でも、サークルアームズもトリガーと一緒に眠っていた古代の力なんでしょ?」

 

トリガー「そうだよ。トリガーはティガと同じ、古代の力、神秘の存在なんだ!」

 

僕「なんで古代で神秘の存在に現代の電子機器との連携スロットが付いてるの?」

 

トリガー「ガッツハイパーキーを売らなきゃだから」

 

僕「ガッツハイパーキーは劇中設定では現代で開発されたものでは?」

 

トリガー「ほら〜!スマイルスマイル〜!」

 

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僕「おっ!闇の3巨人!」

 

トリガー「ティガといえば闇の3巨人だよね!」

 

僕「ティガといえば、っていうより、『THE FINAL ODYSSEY』といえば、というのが正確なところだけど」

 

トリガー「どんどんキャラ付けさせていくね」

 

僕「この闇の巨人たちめちゃくちゃ喋るね」

 

トリガー「今はほら、こういう感じでキャラを立てていくのが流行りだから」

 

僕「いや分かるけどさ。カルミラ達が喋れば喋るほど、少なくともTVシリーズのティガとの印象は離れていくんだよね」

 

トリガー「でも闇の3巨人はティガじゃん」

 

僕「そうなんだけどさ〜」

 

トリガー「ティガ要素をばっちり敷き詰めてるでしょ?」

 

僕「あのさ、ティガやりたいの?」

 

トリガー「やりたい!」

 

僕「ニュージェネレーションシリーズをやりたいの?」

 

トリガー「やりたい!」

 

僕「でも、ティガとニュージェネレーションシリーズって、割と土台から違うというか。16年ぶりに復活したTVシリーズと、円谷プロの経営不振からの奮闘抜きには語れない大人の事情が絡みまくった新世代組とは、それぞれ全く違う訳じゃん」

 

トリガー「でも、これはニュージェネレーションシリーズの最新作だから」

 

僕「ティガとニュージェネレーションシリーズって、混ぜるの難しいと思わない?」

 

トリガー「いいとこ取りしていくよ!」

 

僕「共倒れの危険性、ない?」

 

トリガー「でもティガ好きでしょ?」

 

僕「好きだけど」

 

トリガー「だってほら、ルルイエだよ? パワーとスカイだよ? ガッツだよ? 闇の3巨人だよ? ユザレだよ?」

 

僕「うん。それらは間違いなくティガだね」

 

トリガー「これを全部ニュージェネレーションシリーズの土台でやるんだ!」

 

僕「いや、だからそれが上手く混ざらない可能性が」

 

トリガー「もう〜!スマイルスマイル〜!」

 

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僕「まぁ、思うところがない訳じゃないけど、なんだかんだ楽しめてるんだよね」

 

トリガー「でしょ?」

 

僕「やっぱりね、まずはシンプルに映像が良いんですよ。特撮ドラマって、特撮の映像が本当に大事だと思うから」

 

トリガー「今回、CGとかすごく頑張ってみました」

 

僕「正直、ガッツファルコンとかナースデッセイ号とかすげぇカット盛り沢山で最高」

 

トリガー「でしょでしょ!」

 

僕「おっ、ここらで過去の話やるのね」

 

トリガー「そうだよ、ケンゴが過去に飛ぶんだ」

 

僕「タイムトラベルか!ウルトラマントリガーはなぜ生まれたのか、カルミラたちとどんな因縁があるのか、それを過去で目撃するんだね!」

 

トリガー「違うよ、どんどん干渉していくよ」

 

僕「えっ?」

 

トリガー「だってケンゴは主人公だもん。過去に飛んだって、どんどん活躍していかないと」

 

僕「それはいいんだけどさ、まだほとんど謎や背景が明かされていない段階で主人公が過去に干渉しちゃったら、元々なにがあったのか複雑にならない? 正史っていうか、一周目っていうか」

 

トリガー「そういうのいいから」

 

僕「よくなくない?」

 

トリガー「見て!トリガーダークがエタニティコアの力でトリガーになった!」

 

僕「エタニティコアに体を乗っ取られたっぽい感じにも見えるし、その原因は現代からタイムトラベルしてきた主人公だけど」

 

トリガー「だって主人公だもん」

 

僕「主人公が干渉する前、元の歴史ではどうやってトリガーが誕生したの?」

 

トリガー「ちょっと待って、今、主人公が干渉した過去で皆の記憶を上書きしたから!もう元のは分からない!」

 

僕「う、上書き!?」

 

トリガー「主人公は光の化身!トリガーダークを光で救ったんだ!」

 

僕「ちょっ、待っ」

 

トリガー「宇宙を照らす!超古代の光!」

 

僕「えっ?」

 

トリガー「ウルトラマンッッ、トリガァァァーーーー!!!!」

 

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僕「まぁ、なんだかんだ主要キャストの演技のアンサンブル、いいよね」

 

トリガー「若いキャスト、フレッシュでしょ?」

 

僕「このわちゃわちゃした部活っぽさというか、特にケンゴとアキトのカラッとしたホモソーシャルな関係とか、坂本監督らしい作りで僕は好きだよ」

 

トリガー「でしょでしょ〜」

 

僕「まあ、全然ティガっぽくは無いけどね」

 

トリガー「だってニュージェネレーションシリーズだもん。ギンガSとかさ」

 

僕「それはそうなんですよね。男同士の友情」

 

トリガー「ウルトラマンZやリブットも出るよ!ほら!」

 

僕「なんだかんだ客演があると盛り上がるよなぁ、やっぱ。土屋太鳳さんの弟さん、土屋太鳳レベルが高くて良いね!」

 

トリガー「でしょでしょ〜」

 

僕「ところで、なんでトリガーってティガに似てるの? デザインとか」

 

トリガー「ニュージェネレーションティガだから」

 

僕「えっ?」

 

トリガー「ニュージェネレーションティガだから、似てるんだよ」

 

僕「でも、デザインも配色も酷似してるし、チェンジする姿もその名前も必殺技も同じ名前だよね?」

 

トリガー「ニュージェネレーションティガだからね!」

 

僕「いや、だからさ、なんでトリガーはティガに似てるの?」

 

トリガー「ニュージェネレーションティガだから」

 

僕「なんかこう、作中での説明、みたいなのは?」

 

トリガー「だってニュージェネレーションティガだもん。ティガに似てるのは当たり前じゃん」

 

僕「どうしてニュージェネレーションティガなの?」

 

トリガー「ティガ25周年だから」

 

僕「どうしてウルトラマントリガーとティガの設定は似通ってるの?」

 

トリガー「ニュージェネレーションティガだから」

 

僕「トリガーってティガのリブートなの?」

 

トリガー「違うよ!」

 

僕「じゃあ、なんで」

 

トリガー「もう〜!スマイルスマイル〜!」

 

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僕「でも、こうやって半年観ると、やっぱりガッツセレクトの面々に愛着わいてくるよね」

 

トリガー「でしょでしょ〜!」

 

僕「イグニスもいいキャラになったね」

 

トリガー「ゴクジョーでしょ?」

 

僕「おっ、最終回だな」

 

トリガー「水面で戦闘やるよ!」

 

僕「おっ!」

 

トリガー「子供達の声援がトリガーの力になるよ!ティガの最終回オマージュだよ!」

 

僕「ちょっと待って、いきなり子供達でてきたな」

 

トリガー「だってティガの最終回っていったら声援じゃん」

 

僕「いや、まあ、そうなんだけどさ。ずっとガッツセレクトと闇の3巨人とイグニスといったレギュラーメンバーで話を回してたから、あんまり、ほら、ウルトラマンが市井の人々の人気を獲得してるみたいな描写、なかったじゃん」

 

トリガー「だってニュージェネレーションシリーズだもん。レギュラーメンバーで話を回すのは当然でしょ」

 

僕「でも最終回は名もなき子供達が応援してくれるんだ?」

 

トリガー「だってティガだもん」

 

僕「ティガなんだよなぁ〜」

 

メカムサシン「コレゾ、諸行無常!」

 

僕「えっ!今の誰?」

 

トリガー「えっ?」

 

僕「えっ? だってなんか唐突に」

 

トリガー「もう〜!スマイルスマイル〜!」

 

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僕「まぁ、もう、分かったよ。ティガと比べるのやめる。ニュージェネレーションティガ、っていう副題、一旦見ないことにしようか」

 

トリガー「でもニュージェネレーションティガだよ? ティガ好きでしょ?」

 

僕「わかったから」

 

トリガー「でもみんなティガ好きだよね」

 

僕「ティガ抜きには語れないってこと?」

 

トリガー「だってみんな、ティガって付いてたら心動かされるじゃん」

 

僕「そんなこと言ってしまったら、僕はティガのBlu-ray BOXをただ家で鑑賞するだけになっちゃうよ」

 

トリガー「でもそれじゃ玩具は売れないんだ」

 

僕「わかるよ」

 

トリガー「だからニュージェネレーションティガなんだよ」

 

僕「結局君は、ティガなの? ニュージェネレーションシリーズなの?」

 

トリガー「私は、ティガであり、ニュージェネレーションシリーズである」

 

僕「だから、それは上手く混ざらないんじゃない? それぞれ好きだけど、割と水と油みたいなとこない?」

 

トリガー「でも混ぜないと!」

 

僕「どうして!?」

 

トリガー「ティガ25周年だから!」

 

僕「別に無理に混ぜなくても」

 

トリガー「だってティガ25周年なんだよ?」

 

僕「それはそうだけどさ。やっぱりね、ティガって『砂漠のコーラ』なんだよ。このコーラを2021年に再演するのは難しいよ。色んな意味で」

 

トリガー「でも、ティガって人気だから」

 

僕「分かるよ、君の気持ちも、君の事情も」

 

トリガー「でもほら、君にもティガとトリガーを愛する気持ちがあるはずなんだ!」

 

僕「えっ? ああっ!僕の体が光ってる!?」

 

トリガー「そう!君のウルトラマンを愛する記憶!それこそが光なんだ!」

 

僕「これが、光・・・」

 

トリガー「君の光を!」

 

僕「光!」

 

トリガー「光!」

 

僕「光!!」

 

トリガー「光!!!」

 

僕「スマイルスマイル〜〜〜〜!!!!!!」

 

トリガー「よし、ラーメンを食べに行こう!いい店、知ってるんですよ〜」

 

 

総括『ウルトラマンZ』 立ちはだかる「壁」を取り込んで輝く、「さいきょうのうるとらまん」

「Blu-ray BOXを買った経験」は数あれど、まだ最終回を迎えていない放送中の番組の、それもまだ序盤の段階で、躊躇なくAmazonの予約ボタンを押したのは、おそらくこれが初めてのことであった。

 

『ウルトラマンZ』。2020年の特撮分野は、これを外しては語れない。毎週のようにSNSを中心に異常なまでの盛り上がりを見せ、最終回放送当日には同番組を指した「最高の最終回」という文字列ががトレンドに躍り出るなど、近年のウルトラシリーズでも屈指の人気を誇った。先日発表された「ネット流行語 100 2020」で見事6位を獲得したのも記憶に新しい。

 

本作の語り口は非常に豊富なのだが、単純に、とにかく「面白い」のだ。「面白いウルトラマン」。どこまでいってもこれに尽きる。特殊撮影による映像が面白い。登場するキャラクターが面白い。展開されれるストーリーが面白い。意欲的な演出の数々が面白い。月並みで、ともすれば陳腐な表現にはなってしまうが、「面白かった!!」と声を大にして語るのが最大の賛辞だと思えてならない。スタッフ、キャストの皆さん、本当にありがとうございました。心の底から楽しませていただきました。

 

遥かに輝く戦士たち

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  • メディア: Prime Video
 

 

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では、そこから一歩踏み込んで。『ウルトラマンZ』の何がどう「面白かった」のか。

 

これを語る上で、まずは2013年からのウルトラシリーズ、通称「ニュージェネレーション」の作品群に触れる必要がある。当時の「円谷プロの経営難」や「巨大特撮冬の時代」といった文脈について、読者諸賢に今更の説明は不要と思われるが、これを経て現場に突きつけられた大命題のひとつは、「ウルトラマンで玩具を売る」ということであった。

 

もはや特撮ヒーロー番組において、「玩具販促」は絶対に避けては通れないトピックである。仮面ライダーシリーズであれば、『仮面ライダー龍騎』がトレーディングカードゲームの流行りを取り入れたり、『仮面ライダーダブル』が後年も続くコレクターズアイテム商法を打ち立てたりと、その文脈は語りきれないほどだ。スーパー戦隊シリーズだと、古くは『恐竜戦隊ジュウレンジャー』の獣奏剣がなりきり玩具として革命的であったし、『炎神戦隊ゴーオンジャー』の炎神ソウルもひとつの分岐点に挙げられるだろう。『快盗戦隊ルパンレンジャーVS警察戦隊パトレンジャー』では玩具展開が苦戦を強いられ、それがいくばくか番組の展開にも影響を及ぼしたのは、苦い記憶である。

 

これらの特撮ヒーローにおける玩具は、変身後の姿、あるいは変身前のキャストが、その玩具を実際に操作することで「なりきり遊び」の需要を喚起する。「とにかく点数が豊富なアイテムを」「ベースとなる玩具に」「自由自在に組み合わせながら戦う」、というのが近年の潮流であり、それは等身大で戦う仮面ライダーやスーパー戦隊は概念上の同サイズ(プロップや劇中サイズという実情はさておき)として展開できるため、親和性が高い。

 

一方のウルトラマンも、上記2シリーズと同じバンダイが玩具展開を行う訳だが、ここには決定的な壁が存在している。それはシンプルに、「変身後のヒーローが巨大」という点だ。仮面ライダーのようにUSBメモリやメダルや指輪をがちゃがちゃと操作して戦う光の巨人は、かなり滑稽に見えてしまうだろう。そして、これはウルトラシリーズの利点の裏返しになってしまうのだが、彼らは非常に「神秘的な存在」なのだ。人間がそのまま変化するのではなく、あくまで彼らは宇宙人であり、来訪者である。その近寄りがたさや神々しさが、ウルトラマンという存在の唯一無二のストロングポイントなのである。だからこそ、そんな神にも等しい存在に、玩具をごちゃごちゃと操作して欲しくはない。それは、ウルトラマンの利点を殺すことにも繋がってしまうのだ。

 

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  • 発売日: 2020/02/01
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この壁を突破するために、『ウルトラマンギンガ』以降のシリーズには、「インナースペース」という概念(描写)が持ち込まれた。ウルトラマンは神秘の存在のままとし、それと一体化する地球人が、ウルトラマンの内部、あるいは精神世界のような光の空間で、玩具と同じアイテムをがちゃがちゃと操作するのである。これにより、「ウルトラマンが玩具を扱うことなくウルトラマンで玩具を販促する」という、まさに「ウルトラC」を決めているのだ。(もちろん一方で、「ウルトラマンがコクピットから操られるロボットのように感じられてしまう」という声も依然として根強く存在する)

 

そもそも、「ウルトラマンで玩具を売る」は至難の業なのだ。変身に使うアイテムはあるものの、そこに拡張性は付与し辛い。防衛隊の戦闘機や兵器も、防衛隊員が携帯する通信機や銃も、特撮ヒーロー番組の「主役」たるウルトラマンが直接用いるものではない。如何せん「なりきり」とは距離があるのだ。そのため、ウルトラマンを「ウルトラマンらしく」作れば作るほど、ダイレクトな販促のマーケティングには壁が立ちはだかる。戦闘機を登場させるにも、発射コンテナを造形したり、ミニチュアを操演するのには手間がかかる。防衛隊を出しても、そこに販促上の旨味は薄い。その判断からか、近年は防衛隊が大々的に存在しない作品が増えてきた。

 

だからこそ、「インナースペース」を用いた「巨大戦闘での玩具販促」が可能であるならば、そこを膨らませていくのが当然の判断となる。暗躍する悪のキャラクターを設定し、そいつにも主人公と同じアイテムを所持させる。主人公はアイテムを使ってウルトラマンに変身するが、悪のキャラクターは、同じ操作で怪獣を召喚したり、時には自分が変身したりするのだ。防衛隊を出すのは費用対効果が悪いので、主人公たちは商店街の住人や警備会社勤務とし、アイテムを獲得したり奪い合ったりするプロットに尺を割く。

 

更には、先輩ウルトラマンを何かしら絡める必要もある。ただの「アイテム」だけでは、仮面ライダーやスーパー戦隊に比べて、まだまだどうしても「弱い」。『仮面ライダーディケイド』のライダーカードや、『海賊戦隊ゴーカイジャー』のレンジャーキーのように、アイテムそのものに「レジェンドヒーロー」の属性を付与させることで、「アイテム」としての魅力や強度を高めることができる。だから、お話の作りに関しても、先輩ウルトラマンにどうにかして触れなければならない。

 

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そんなこんな、多種多彩な「ここまで」をとにかく前のめりにやり続けることで、ウルトラシリーズはやっとこさTVシリーズを十二分に継続できるにまで息を吹き返したのである。それはもう、ミニチュアセットにかけられている予算や手間ひとつとっても、一目瞭然だ。

 

このように、「ウルトラマンで玩具を売る」を何年も続けていくうちに、お話の自由度(あるいは柔軟性)は実のところ失われていった。「主人公がウルトラマンに変身してインナースペースで玩具を操作して」「敵である謎の男も同じアイテムで怪獣をけしかけて」「先輩ウルトラマンを宿したアイテムや客演で話題性を作る」。これが、2013年以降のウルトラシリーズが辿った(辿らざるを得なかった)、物語構築の黄金パターンなのである。

 

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さて、例によって前置きだけで約3,000字に届いているのだが、そんなこんな土壌の上に作られた2020年の新作が、『ウルトラマンZ』である。まずは、実業之日本社から出版された『ウルトラマン公式アーカイブ ゼロVSベリアル10周年記念読本』掲載の田口清隆監督インタビューを引用したい。

 

ーーー対するウルトラマン側についてもお話を聞いてみたいのですが、まず今回の変身アイテム、ウルトラゼットライザーとウルトラメダルについてはいかがですか?

 

田口 僕と吹原さんでプロットを考えながら「どんな変身アイテムが来ても、物語に溶け込ますぞ!」と結託していたんですが、「今回はカードとメダル3枚です」と言われて、ちょっとひっくり返りました(笑)。『ウルトラマンX』の時、自分が関知せずに設定された最終アイテムや後半の展開を、最終回で回収することになって、頭を抱えたという経験がありまして。だから『オーブ』のときには「最初に最終アイテムと最後の展開を決めましょう」と提案して、おかげでウルトラマンオーブは最終形態を第1話に先行登場させたりなどもできて、全体の構成が上手くまとまったと感じていたんですね。なので今回もシリーズ構成として、変身アイテムをお話の展開にキチンと盛り込もうと思っていたんですが…「こんな量のアイテムを、劇中でどうやって面白く機能させるんだ?」と、一時は真剣に降りようとしました(笑)。そこはなんとかアイデアを捻り出して、自分を納得させたわけですけど。

 

(中略)

 

ーーー『Z』はニュージェネレーションと呼ばれる近作のなかで、どんな位置づけの作品になるのでしょうか?

 

田口 去年の『ウルトラマンタイガ』がニュージェネレーションの集大成みたいな言われ方をしていたし、坂本浩一監督が撮られた『ウルトラギャラクシーファイト ニュージェネレーションヒーローズ』は、ウルトラマンゼロとニュージェネレーションヒーローズたちの、ひとつの総決算といえる作品でしたよね。令和という新元号から始まったタイガまでがニュージェネレーションの一区切りと考えて、『Z』は令和代表の新たなウルトラマンにしようと思っていたんですよ。平成ウルトラマンの代表と言ったら必ずティガが出るように、ウルトラマンゼットは令和を背負って立つヒーローにしようと、最初はそういうつもりだったんですけど……。変身アイテムは歴代ウルトラマンの力を借りるものだし、「10周年を迎えたゼロを主軸に置いて、それからベリアルを絡めるためにウルトラマンジードも登場させましょう」というお題が出されて……。「それって完全にニュージェネじゃん!」って(一同笑)。なので、もう割り切って、自分なりのニュージェネレーションヒーローズの総括をやってやろうじゃないかっていう気持ちに切り替えました。

 

・実業之日本社『ウルトラマン公式アーカイブ ゼロVSベリアル10周年記念読本』(2020/7/17発売)P94〜95

 

ウルトラマン公式アーカイブ ゼロVSベリアル10周年記念読本

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  • 発売日: 2020/07/17
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)
 

 

この、読んでいて若干ヒヤヒヤする内実の末に生まれたのが、『ウルトラマンZ』である。

 

田口監督ご自身が怪獣やウルトラヒーローに大変造詣が深いのは周知の事実だが、そこから生み出される「面白いウルトラマン」には、2020年現在、このような多数の壁が存在してしまっている。つまり、この状況下で「面白いウルトラマン」を作るということは、その「面白さ」の舞台裏に緻密な設計や戦略を積み上げながら、玩具販促や制作の事情といった諸条件をねじ伏せつつクリアする必要がある、ということなのだ。

 

「壁」を無視するでも、「壁」の内側で構築するでも、「壁」を壊すでもない。「壁」を、とにかく全力で「取り込む」ことが求められる。『ウルトラマンZ』は、この点が非常に優れていたのである。『Z』の「面白さ」は、何よりここに尽きる。

 

「面白いウルトラマン」や「ウルトラマンらしさ」のために防衛隊を登場させたいが、戦闘機や隊員武器の玩具はセールス的に苦戦を強いられる。ならば戦闘機をロボットに置き換え、ウルトラマンと同じ肩の高さで巨大戦を展開させよう。これであればソフビとしてリリースできる上に、キングジョーのように「ロボット玩具」としても売り出せる。人間サイドの「ギリギリまで頑張ってギリギリまで踏ん張る」「ウルトラマンとの共同戦線」も、むしろ戦闘機より絵的な説得力が増すだろう。

 

ウルトラマンZ ウルトラ怪獣シリーズ 121 セブンガー

ウルトラマンZ ウルトラ怪獣シリーズ 121 セブンガー

  • 発売日: 2020/06/20
  • メディア: おもちゃ&ホビー
 

 

先輩ウルトラマンの力(=アイテム)を借りて変身すると、どうしてもニューヒーローが「先輩頼り」として見劣りしてしまう。更には、ウルトラマンゼロをお話に絡めなければならない。ならば逆に「まだまだ未熟なウルトラマン」に設定してゼロの弟子ということにし、その上で「先輩の力を借りて戦う」というプロットにしよう。3分の1人前の新米宇宙警備隊員が、地球人と共に成長していく物語にするのだ。更には、弱々しく見えないように、地球語が不自由という愛着の湧くキャラクターにしておく。

 

ウルトラマンZ DXウルトラゼットライザー

ウルトラマンZ DXウルトラゼットライザー

  • 発売日: 2020/06/20
  • メディア: おもちゃ&ホビー
 

 

話題性も含め、ゼロ・ジード・ベリアルを登場させることが求められる。ならばジードにはゼットと同じアイテムで新しい姿に変身してもらって、「ゼロとジードを撮る」や「玩具販促演出」に長けた坂本浩一監督に該当エピソードを担当してもらおう。ベリアルの頭部が喋る、という世界観を台無しにしかねない奇抜なアイテムには、『ウルトラマンX』のエクスラッガーやグリーザの能力設定を引用しながら一定のリアリティを持たせて物語に溶け込ませよう。複数のウルトラマンが客演するのなら、それが人類側の兵器開発にリンクするストーリー展開にして、更には敵の最終目的にも絡めてしまおう。

 

バンダイ ウルトラマンZ 幻界魔剣 DXベリアロク

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  • 発売日: 2020/10/03
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「ピンチはチャンス」とはよく言われるが、『Z』は「壁の取り込み方」が非常に秀逸なのだ。クリアしなければならない諸条件に振り回されるどころか、逆に、それを全て物語の「強み」に転化させていく。「あれもこれもしないといけない」が、結果として、「あれもこれもあるバラエティ豊かな作品」に仕上がる。このマジック。この執念。ニュージェネレーションシリーズのメイン監督を『X』『オーブ』と複数回担当してきた田口監督や、同監督が盟友と語った吹原幸太氏の、渾身のシリーズ構成である。

 

ーーー今回、田口監督はシリーズ構成として、クランクインする前段階で、最終回までの流れが全て見えている状態なわけですね。

 

田口 ええ。早い時期に専用の会議室を作ってもらい、パーティションを壁に並べて、1話から25話までの「やらなければならないこと」や「やりたいこと」のメモをどんどん貼っていきました。「最終パワーアップがこれだから、それをどうやって手に入れるか?」とか「この姿に変身する時に使う怪獣は?」とか、それこそ「この回は、あの監督にお願いしよう」まで、その時点で決めていきましたね。大変な作業でしたけど、それをやりたいから今回はシリーズ構成も任せてくれと言った部分もあるわけですし、それを北浦さん(同作のチーフプロデューサー)は承諾してくれたわけですので、本気でやらなくちゃいけませんからね。

 

・実業之日本社『ウルトラマン公式アーカイブ ゼロVSベリアル10周年記念読本』(2020/7/17発売)P94〜95

 

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そして、ここまで綿密にシリーズ構成を組み上げたからこそ、作り手の「こだわり」や「遊び」、あるいは「熱意」を入れ込む余裕までもが生まれてくる。

 

登場する怪獣のセレクトは田口監督が大好きなシリーズ初期(『マン』や『Q』)のものが多いし、『エース』の後日談や描写補完(光線技の名手たるエースの超獣観)といった見事な扱いや、ケムール人が登場する「2020年の再挑戦」等のマニアへの目配せもそつがない。ウルトラシリーズの作劇の大切なフォーマットである「怪獣個々の生態や能力によってお話が展開する」がしっかりと底に通っており、ブルトンの四次元展開で主人公が在りし日の父と再会したり、ネロンガの透明化を受けて主人公とウルトラマンがコンビとして互いを高め合うなど、とにかく「ウルトラマンらしい」魅力に溢れている。

 

先のストーリーで登場した要素がまさかのタイミングで活きてきたり、後の展開のための布石がしっかりと事前に配置されていたりと、細やかな配慮が行き届いているのも嬉しい。ハルキを散々悩ませた怪獣討伐問題において、その要でもあった親レッドキングが、まさかのラスボスに吸収されてしまう残酷さ(超最短距離でデストルドスの凶悪さを強烈に描写!)。バロッサ星人の「武器を収集する」という習性を再登場時にベリアロクとリンクさせる周到さ。キングジョーというオーバーテクノロジーを中盤の盛り上がりに設定しつつ、クライマックスで「更なるオーバーテクノロジーが人類を自滅に導きかける」という縦軸の着地点に落とし込むスマートぶり。『パシフィック・リム』のような、湿度の低いからっとしたハルキとヨウコの男女描写もとってもニクい。

 

実はゼロは劇中では数えるほどしか登場していないのに、「ウルトラマンゼロの弟子」というトピックの印象がしっかりと残っているのは、「豆知識的な本編補完+キャラクター描写+細やかなサイドストーリー」の三拍子が見事に揃った『ウルトラマンゼット&ゼロ ボイスドラマ』の功績が大きい。この手の番外編は近年恒例になりつつあるが、今年は特に、TVシリーズ本編をフォローする関係性(あるいは距離感)においてひとつの完成形だったと言えるだろう。

 

また、ジャグラスジャグラーとして話題をさらったヘビクラ隊長こと青柳尊哉氏の出演は、実はジャグラーというキャラクター以上の意図があったのではないかと類推してしまう。というのも、青柳氏は田口監督と個人的な親交も深く、同監督の短篇自主怪獣映画『女兵器701』へも出演し、同じく自主制作となる空想科学連続ドラマ『UNFIX』では主演を務めているのだ。つまるところ、「隊長」という劇中設定以上に、撮影現場の実質的な座長として田口監督の意を的確に汲み、他キャストを守り立て、活気づかせる・・・ そんな役割を期待され、全うしたのではないだろうか。それほどまでに、ハルキ、ヨウコ、ユカ、それにバコさんと、ストレイジの面々には一種のファミリーとしての魅力が備わっていた。

 

といった諸々だけでもすでに大満足なのに、「特撮」=「特殊撮影」の純粋な面白さ、映像のクオリティもずば抜けている。毎週必ずと言っていいほど、「うおっ!」という身を乗り出す程のキラーショットが用意されているのだ。テレスドンが倒れ込み、ドミノ倒しのように倒れていく電柱と電線。ペギラとの縦横無尽な空中線。VR技術を用いたこれまで見たこともないアングルでのスカルゴモラとの乱戦。グリーザは実景と爆破エフェクトとの合成で大規模破壊を実現し、メツボロスは俊敏にビルの壁を走る。最終回では、川北特撮仕込みの至高のライティングでセブンガーが前線に駆けつけ、SFXとVFXが互いを高め合いながら視聴者を「燃え泣き」に導く。

 

とにかく、「面白い」。語れば本当にきりがない。以前『君のことが大大大大大好きな100人の彼女』という漫画について当ブログで語った際に書いた、「クリエイターと消費者の信頼関係」。これがまさに、理想の形で構築されたのである。

 

漫画でも映画でもアニメでもドラマでも、「信頼感を感じさせてくれる作品」が大好きだ。それは主に、作者や演者、クリエイターに向けられた信頼感。

 

「この作品のことだから、こんな展開が訪れても、きっと巧く処理してくれるだろう」。「新キャラが登場しても、今ここにある『面白さ』はしっかり維持してくれるだろう」。「あるいは、こちらの想像や期待を常に少し上回る形で、延々と膨らんでいってくれるだろう」。

 

作品を読む(観る・プレイする)ことで熟成される、消費者→クリエイターへの信頼感。それが、期待通りしっかり返球される。なので、更に信頼が増す。期待の送球。また次も絶妙な返球。繰り返し、繰り返し。どんな期待の球を投げても、自分のミットに驚くほど突き刺さる。そうして構築される、盤石の信頼関係。

 

消費者のひとりとして、こういう信頼関係を築ける作品に出会えることは、この上ない幸福である。

 

信頼感のハイパーインフレーションラブコメ、『君のことが大大大大大好きな100人の彼女』がすごい - ジゴワットレポート

 

・・・などと、ここまで自分なりに同作の「面白さ」を挙げてきたが、これがまた非常に清々しいのは、『ウルトラマンZ』という作品がいわゆるオタクな人達の考える「ぼくのかんがえたさいきょうのうるとらまん」にこの上なく肉薄していることである。

 

これは、田口監督自身が(敬意を込めてこう評したいが)誰よりもその道の「オタク」であることが大きな勝因だろう。まるで、小煩いオタク集団が酒を飲みながら語る「理想のウルトラマン」が、そっくりそのまま実現してしまったような・・・。そんなバランスとニュアンスが、「緻密に構成された舞台裏」という計算高さを、良い意味で忘れさせてくれる。テレビに向かって、拳を握りしめながら真剣に「ご唱和」したくなってしまう。

 

コロナ禍で撮影が一時中断されたりと、難しい状況も大いにあったことだろう。例年恒例となっている春先の劇場版も、現時点では全くアナウンスが無い。そんな、何かと鬱憤が募る情勢の中で、とにかく突き抜けて純に「面白い」ウルトラマンが毎週のように観られた。この幸せが絶対に忘れられない、そんな2020年だったと言えるだろう。

 

最後に。田口監督と共にシリーズ構成を担当され、『ウルトラマンZ』が遺作となった脚本家・吹原幸太氏に、ご冥福をお祈りします。この数ヶ月、心の底から幸せでした。本当にありがとうございました。

 

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