ジゴワットレポート

映画とか、特撮とか、その時思ったこととか。

トークイベント「ジゴワットレポート 東京エンドゲーム」出演後記

一気呵成で企画から開催までを走り抜けた、トークイベント「ジゴワットレポート 東京エンドゲーム」。当日、会場までお越しいただいた方々、そしてツイキャスで聴いてくださった方々、本当にありがとうございました!

 

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話は約10日前というタイトすぎるスケジュールから幕を開けるのですが、主催の始条くんから誘われ、東京でトークイベントをやることが決定。スタッフとしてご協力いただいた関口さん(中野ブロードウェイの「ROBOTROBOT2号店」 @ROBOTROBOT2 で店長をされてます!)ともLINEで打ち合わせながら、会場・内容・応募・その他諸々を詰めていく。

 

終始「いやー、言うて集まらないでしょ。募集期間も短すぎるし。いきなり抽選とか表明して不安すぎるでしょ」とビビりまくっていた私ですが、両名が大丈夫と断言されるので、たった3日ほどの募集期間で「抽選やります」を謳った応募を開始。フタを開けてみると、見事(見事!?)、定数オーバー。喜んで一安心しつつ、落選者が出てしまう現実に果てしなく申し訳なさを覚える・・・。本当にすみません、どうしてもキャパの関係で難しかったもので。


当日、限界田舎から東京へ出発。無事に羽田空港に到着し、YAMANOTESEN に乗る。まずは宿を確保した新宿に降り立ち、やはりここはとゴジラヘッドを拝みに。新宿の歓楽街の賑やかさを楽しみながら、スマホのGoogleマップと睨めっこして歩くという、お上りさん全開の散策。実物のゴジラヘッドは圧巻の迫力で、偶然にも咆哮の時刻とも重なり、満足でした。

 

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その通りは「ゴジラロード」として観光地化していて、手前のドンキでは露店としてゴジラグッズがどっさり。外国人観光客が楽しくゴジラグッズを選んでいる様子を見て、流石の怪獣王と鼻高々。(なんでお前が鼻を高くしているんだ、という話ですが)


その後、エクストラコールドの文字に誘われて気付いたら昼間からビールをあおる始末。宿で湯に浸かり、アルコールを抜いて少し休んだ後に、会場である中野へ出発。券売機の列に割り込まれたり、ホームを間違えたりと、限界田舎民ムーブをここぞとばかりに発動させながら、中野ブロードウェイを抜け(寄る時間が取れなかったのが非常に心残り!)、無事に会場に到着。(本当は『ファイズ』のロケ地である東京オペラシティにも寄りたかったのだけど、地味に遠かったので断念。これもまた悔やまれる・・・)

 

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ここで、主催の始条くん、スタッフの関口さんと打ち合わせ。会場であるオルタナティブカフェは、昼間はギターショップとして機能しており、ギターをかついだ少年を目にすることも。微笑ましい。会場をセッティングしたり、話す内容を詰めたりで、あっという間に開場時刻が迫る。


一応、10分単位でタイムスケジュールを作っていたものの、「まあここは話し始めればなんとかなるでしょ!」というニュアンスに任せたパートもあり、内心はめちゃくちゃ不安でした。心臓が震える感じ。仕事で人前で話す時より3000倍は緊張してました。そして、開場の時刻になると、どしどし来てくださる当選者の方々。「どうぞ、こちらへ」「こんばんはー」などと陽気に(?)ご挨拶してましたが、内心バクバクでした。

 

だって、こういう言い方したらアレですけど、来てくださる方々って自分のブログを普段から読んでくださってる訳ですよ。そんな、頭を下げても下げても下げたりない方々を招いて、万が一盛り上がらなかったら、こりゃあもう、打ち首ものですよ、と。自分で自分を追い詰めるスタイル。

 

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会場いっぱいに座っていただいて、位置によっては本当にご不便をおかけしたところもあったと思うのですが、開演時刻にはぎゅうぎゅうの状態。どう振る舞っていいかを伺ってばかりの私を見かねてか、始条くんがどんどん世間話をぶち込んでくれました。すげぇな、初対面のお客さん相手にそのペースで距離を詰められるのかよ!と感心しながら、作ってくれたペースに乗っかる感じで、緩やかにほぐれていく緊張。

 

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定刻。ツイキャスの配信を確認してから、トークイベントの本番スタート。事前に組んでいたタイムスケジュールは、こんな感じでした。

 

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簡単な自己紹介と趣旨説明の後に、第1部 アベンジャーズ、第2部 平成ライダー、第3部 ブログの裏側や最近の映画の話、という構成。


詳しい中身については、書き始めると全文書き起こしに近くなってしまうのですが・・・。終始言っていたのは、「オタクは文脈が好き」という話(ここで言う「文脈」とは、作品単体というより、そのシリーズの歴史や変遷を体系的に踏まえて、どこかのポイントで受け手それぞれが解釈を盛り込んで楽しんでいく、等の意味)。これしか話すことないんかい!ってほどに、ずっとこれを軸に話していました。

 

「文脈」そのものを作品内で実写映像化してしまった『エンドゲーム』。その時その時で様々な展開を取り込みながらキメラ的に「文脈」を作ってきた平成ライダー。これらを語りながら「オタクは○○が好き」を連発していくという、学生時代に麻雀を夜中まで打ちながらオタク友達とやっていた生産性のない無限トークを思い起こさせる、実に(誰よりも話している側が)楽しい内容でした。

 

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▲ 会場の様子。人口密度が高すぎて冷房の温度を下げていただきました。


大変嬉しかったと同時に助けられたのが、観客の皆様の反応の良さ。どっかんどっかん笑っていただけたり、愛のある野次・ツッコミ・補足をスピーディーに飛ばしていただけたり、中にはメモを取られている方まで。本当に、皆様のおかげで成立したイベントだったと思います。重ね重ね、ありがとうございました。


途中、どうしようもない田舎自慢を挟んだり、休憩時間のトイレが激混みだったり、脱線に次ぐ脱線で話を元に戻すのに苦労したりしましたが、そうして終盤、第3部に突入。ここでは、「ジゴワットレポートの裏側」なんていうテーマを、エッッッラそうに語らせていただきました。ほんとスミマセン。お前は何様だ。


「主観と客観のバランス」「時間のない時にはこれに当てはめればまとまる章立てパターン」「自分の総合点では残念だった作品をなんとなくそうじゃなさそうにまとめたい時の方法」など、赤裸々に話してしまいました。まあ、あくまで、現時点での私の感覚ということで、どうかひとつ。トークイベント内でも話しましたが、数年後にはまた全く違うアプローチが自分の中に出来ているかもしれません。


最近の映画の話もしました。『ミスター・ガラス』はまさに「文脈」の映画だよね、だとか、『名探偵ピカチュウ 』とノスタルジーの話とか。公開が楽しみな作品としては、ゴジラやスター・ウォーズ。「我々は作品そのものより、それが公開されるまでの期間を含めた一連の現象を楽しんでいるんだ。12月のスター・ウォーズは、もう始まっている!」なんてはしゃぎながら、映画トークを満喫。


第3部の後半では、プレゼントクイズコーナー。私からは『エンドゲーム』のムビチケ。始条くんからはキバの特写写真集を用意しました。カルトクイズと銘打って早い者勝ちのルールだったのですが、問題を考えるのを失念していた私は、その場で『エンドゲーム』のパンフレットをめくりながら即興で出題するという暴挙に。そして始条くんのキバクイズがまた難しいこと難しいこと。だからファンガイアの真名はあまりにムズいって!


そうして、「アベンジャーズ〜?」「最高〜〜〜〜!」という絶賛公開中CMパロごっこで幕を閉じた「東京エンドゲーム」。お時間許す方は同会場でそのまま懇親会します、と、これまた当日アナウンスだったのですが、ほとんどの方にそのまま残っていただけて、すごく嬉しかったです。

 

懇親会では、なるべく多くの方と喋ろうと、テーブルを回っておりました。正直、時間が足りなかった!でも、すごく楽しかったです。「あの記事が好きです!」なんて感想も沢山いただけて、恐縮しっ放しでしたが・・・。こちらも、前々からお会いしてみたかった方ともお話しすることができ、大変充実した時間になりました。


その後、後ろ髪をひかれすぎてうっかり終電を逃し、タクシーで新宿まで帰還。ドライブ夏映画でダークドライブが出現したというビルを拝みながら宿に到着。

 

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泥のように眠った翌日は、嫁さんからの指定のお土産を確保するために奔走したり、有志メンバーでオタクカラオケに行ったり、という時間を過ごしながら、コンクリートジャングルに別れを告げて空港へ。

 

弾丸スケジュールでしたが、実に濃厚な一泊旅行でした。

 

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▲ 今回持参した資料。『平成仮面ライダーぴあ』は、各種データが網羅されているので、重宝します。

 

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▲ 光栄にも、頂戴したプレゼントやお手紙。本当にありがとうございます!じっくり堪能させていただきます!


また、当日も最後にお伝えしましたが、イベントの様子をブログ等にまとめてくださる方がいらっしゃいましたら、差し支えなければ、私までご一報ください。ぜひ、当ブログでご紹介させてください!

 

こういったイベントをやるのは、もちろん初の出来事だったので、色々と至らない点もあったかと思います。とはいえ、すごく面白いなと感じたのは、「特定のブログを読んでいる人の集まり」というあの夜に出来上がった集団の性格。つまりは、「○○という作品が好き」からもう一歩踏み込んで、「○○をどういう角度で楽しむか」という嗜好のアプローチが近い方々がギュッと集まった印象で。それだけに、伝わるネタや飛び交うツッコミがやたら局地的すぎて、だからこそ面白いなあ、と。いわゆる「オフ会」の醍醐味ですよね。

 

弾丸スケジュールで疲労がレベルマックスですが、おかげさまで非常に満足感と達成感のあるイベントでした。本当にありがとうございました。なお、当日のツイキャス配信音源については、何らかの形で聴けるようにしたいと思っております。また追ってご報告させてください。

 

今後もこういうイベントを、やれたら良いなあ。どうだろうか。東京、もうちょっとこっちに寄ってきてくれないだろうか。などと。

 

『エンドゲーム』におけるトニー・スタークへの納得感と、観客を退屈させない「3時間」の作り方

『アベンジャーズ / エンドゲーム』、ものすごい勢いで興行成績を伸ばしているとのこと。もはや半年ほどロングラン上映をしているような風格だが、まだ公開から10日そこらしか経っていない。それほど、今年の10連休はずっと『エンドゲーム』のことを考えていたような気がする。

 

作品の大枠については、公開日に下記の記事を更新した。約10年間を追い続けたファンへの感謝と、「不可逆」を魅せ付ける物語。

 

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この記事では、上の記事では書き切れなかった、細かな感想について記録として残しておきたい。基本的には、Twitterにおいてふせったーで投稿した内容。それらを加筆修正したものである。以下、最初から最後までネタバレ満載なので、言うまでもなく未見の方はご注意を。

 

 

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「トニーを救わない」という判断と理屈

 

『エンドゲーム』終盤、トニーの絶命をタイムストーン等で救わないからこそ、本作は綺麗に終わっていったのだろう。


今回のアベンジャーズは、あくまで「ストーンの特殊効果で消された人々を助ける」に目的を絞っており、特殊効果に対してタイムトラベルという(同じく特殊な)方法を打ち出したにすぎない。むしろそうでないと、事故・病気・寿命等、5年後の世界の今も人々が絶え間なく死んでいく現実において、「それらも全員救わないといけないのか?」という発想になってしまう。

 

あくまで、ストーンに対抗してのタイムトラベル。命を救うのではなく、特殊効果を特殊効果で元に戻す。復活というよりは、復帰のための戦い。だからこそ、クライマックスで、彼らはトニーを救わない。彼をタイムストーンやその他の方法で救ってしまうと、「復帰のための戦い」で線を引いたアベンジャーズの判断が一気にエゴに傾いてしまう。

 

同時に、ストレンジから託された「たった1つの勝利ルート」において、トニーの死は必要条件だった。ストレンジとのギリギリの状況でのアイコンタクトの末に、それをトニー自身が受け入れ、ガントレットを発動させる。彼が全てを飲み込んだ上でそれを行ったのだから、周囲もそれを尊重してあげたい。そして理屈の意味でも、トニーの死でもって勝利ルートを確定させる必要がある。

 

また、トニーことアイアンマンの存在は、11年間を記録したMCUの象徴でもあるので、彼への花道として、ゆっくりと眠らせてあげたいという(制作側の)想いもあったのかもしれない。愛する妻に看取られながら、ゆっくりと目を閉じる。彼は、運命を受け入れた結果、安らかに逝ったのだと思う。

 

彼を救わないことこそが、「アベンジャーズなりの正義」「この戦いにおける大義名分と線引き」「勝利のためのロジック」「トニーというキャラクターの行く末」等々、多重の意味で、美しかった。

 

 

タイムトラベルの描写バランス

 

『エンドゲーム』で流石だなと感じたのはタイムトラベルの理論説明について、作品なりの見解を示しつつも説明ばかりにならない、そんなギリギリのバランスに留めてあること。


タイムトラベル理論について、説明しすぎるとそれが野暮になって物語のテンポを崩してしまう。逆に説明を省いてしまうと、理屈が伴っているか否かが気になってしまい、エンターテイメントに集中できない可能性も出てくる。

 

本作は、『バック・トゥ・ザ・フューチャー』を始めとするタイムトラベルあるあるを持ち出しながら、シリーズお得意ののコメディなテンポで理論を語っていくスタイル。かといって、説明ばかりにならないように、かなり気を遣っていると感じた。エンシェント・ワンが魔法で図解し始めるのも気が利いている。「理屈」と「エンタメ」の、両者が共に成立するギリギリのバランスを狙っている印象。

 

 

だから、観ている間、パズルのピースが端まで隙間なくハマるほどじゃなくとも、なんとなく言わんとすることは分かるし、その程度の理解でも最後まで付き合えるように調整されている。反面、観終わった後に細かなロジックが多少気になるものの、あくまで「観終わった後」なのが大きい。観ている最中は、スクリーンから放たれる「エンタメ」の圧がすごすぎて、実は意外と気にならない。(自分比)

 

「観終わった後」に、ファンが「あーでもない・こーでもない」と感想や考察を交わすフェイズまで含めた、中々に巧妙なバランス設定だと思う。これ以上説明するとおそらく野暮ったいし、かといって、これ以上説明を省くと気持ちのノリが削がれていたかもしれない。

 

 

最も泣いたシーン

 

後半は特に何度も涙が出たんだけど、多分一番泣いたシーンが、トニーが帰ってきたピーター・パーカーを抱擁で迎えたシーン。


トニーにとってピーターは、「思っていたよりも愛弟子として愛着がわいていた存在」だと感じた。失って初めて「自分はこんなにもアイツのことを大切に感じていたのか」な状態になっていたと思うんだよね。結婚し、娘が生まれ、アベンジャーズとしての大事な後輩もできて。トニーの「次世代」が積み重なっていく中で、得たものもあれば、失ったものもある。ピーターという次世代を失ったからこそ、娘という「次世代」こそは守り通したかった。それが、本作序盤のトニーだったと思う。

 

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それから色々あって、「次世代」を救う覚悟を決めたトニー。クライマックスにて、遂に愛弟子・ピーターと再会する。ここでピーターを抱きしめる様子にグッとくるんですよね。しかも、ピーター得意の早口な状況説明で舞台裏(消えていたメンバーは5年間をどのように認識して具体的にどう戻ってきたのか)をサクッと説明するのも、構成としてめちゃくちゃ上手い。壮大なアクションシーンのテンポ感を損なわせずに、でも必要最低限のポイントだけは説明しておく、というやり方。説明を説明だけで行わず、キャラクター描写と兼ねてしまうのがすごくスマート。

 

エンドゲームは、トニーと「次世代」お話なんだよね。MCUを始めた男が、「次世代」にバトンを渡した物語。

 

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『シビル・ウォー』から始まった決裂の着地点

 

本作のトニーとキャップについて。『シビル・ウォー』で勃発した両者の確執は『インフィニティ・ウォー』でも保留状態だったんだけど、まさかその流れをちゃんと汲んでくれるとは思ってもいなかった。内心、このままなし崩しに共通の敵相手に共闘するのかな、と思いきや、最悪の形で溝が深まる序盤。トニーの罵倒と、それに面と向かって言い返せないキャップ。非常に胸が痛い幕開けだった。

 

そこからの、トニーがアベンジャーズ基地に戻る流れ。人によっては「あの程度で仲直りなんて」「明確に互いに謝ってない」「キャップはトニーの歩み寄りに迎合しただけ」という意見もあるかもしれないが、自分としては、5年という月日を設けたからこそ、妙に説得力があった。

 

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サノスのガントレット発動と、それによって変わった世界。5年という長い年月。お互いに信頼関係だけは底に生きてるけど、決定的にやり合ってしまった過去。しかも、トニーは子供ができている。実際に自分も子供を持って痛感したけど、独身時代の自分って恥ずかしいくらいに視野が狭いし(あくまで相対的に。今もまだ狭いと思うけど..・・・)、血を分けた子供が出来たことで、人生を色々と思い返したり、緩やかに将来に向けて清算していこうという心持ちになる。トニーも遠からず、そんな感覚を持ちながらの5年間だったんじゃないかと。

 

そして、大前提として、トニーとキャップが協力しなければ、失ったものは取り返せない。両者ともその答えが分かっている。だからこそ、キャップはタイムトラベルの希望が見えてすぐにトニーを誘いに行ったし、それを一度断ってしまったトニーは、自らアベンジャーズ基地に戻る。ふたりとも、歯がゆいくらいに不器用に歩み寄る。


盾を返して、ペラペラと得意のべしゃりを並び立てるトニーが、どうしようもなく可愛く見えてくる。でもその健気な決心を感じ取ったからこそ、キャップは、後にトニーを信じてふたりで更なる過去へ飛ぶ。ふたりの和解は、明確に交わされたと感じている。『シビル・ウォー』で勃発した確執の着地点として、「共通の敵」だけでなく、「様変わりした世界での5年間」という要素を入れてきたのは、すごく良かったと思うんですよ。「時が解決する」って、こういうことなんだよな。妙にリアル。

 

 

「トニーの死」が意味するもの

 

本作のトニーについては、むしろ命を落としたことが彼にとっての最大の救済だったと感じている。


トニーという男は、例え戦いで腕を失おうとも、足がちぎれようとも、最悪、脳みそだけが残ろうとも、その諦めの悪さと技術力で、アイアンマンを続けたのだろう。アーマーに脳をAI化して移植するとか、そんなトンデモまでやってしまうキャラクターだし、だからこそ、そんなめげないスタイルが根強い魅力でもある。

 

悪夢を見て以降、彼は未だ見ぬサノスに怯え、恐怖に追い立てられるようにアーマーを量産し、アイアンマンをアップグレードしてきた。アイアンマンであるからこそ、彼はずっと生き急いでいたし、焦燥に駆られていた。アイアンマンであるというアイデンティティが彼を生かし、同時に、そのアイデンティティにいつも押しつぶされそうになっていた。

 

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そうであるならば、トニーに「もうアイアンマンじゃなくてもいいよ」というゴールを与えるには、「死」しかなかったのだろう。彼が「私はアイアンマン」であり続けるからこその、「死」。それをもって、やっと、やっとこさ、彼はアイアンマンという第2の人生を終えることが出来たのだと思う。だから自分は、トニーが死んだというよりも、彼がやっと楽になれたという印象が強い。本当にお疲れ様、ありがとう、と。

 

つまりは、「エンドゲームのトニーをなんで死なせたんだ!」という意見に対しては、「彼は死にでもしないとずっとアイアンマンというアイデンティティに生き急がされていくんだよ」と返したい。

 

 

観客を退屈させない「3時間」の作り方

 

『エンドゲーム』、2回目の鑑賞は腕時計を気にしながらだったんだけど、この映画、おそろしく時間配分が上手い。


簡単にまとめると、以下の配分になってる。


【起】(約30分)サノス惨殺、そして5年後、アントマンがアベンジャーズ基地にやってきて逆転の可能性が生まれるまで

【承】(約30分)トニーやソー、ホークアイなど、散り散りになったメンバーが基地に再集結するまで

【転】(約60分)タイム泥棒計画が始動。度重なるミーティングからの実行、そしてナターシャ以外の帰還まで

【結1】(約30分)ハルクによる指パッチン、サノス襲来、BIG3奮闘、アベンジャーズアッセンブル、トニーの指パッチンまで

【結2】(約30分)トニーの死、エピローグ、エンドロールまで


3時間の長尺を飽きさせないためか、すごく丁寧に時間配分されている。【起】【承】と【結1】【結2】をそれぞれ約60分と捉えれば、約60分×3の綺麗な三幕構成でもある。特に【結1】、ハルク指パッチンからトニー指パッチンまでの、あの怒涛の展開が約30分なのには驚いた。

 

混沌とした物量をさばくためか、実にロジカルな作りである。

 

 

字幕と吹替、ニュアンスの違い

 

待ちに待ったキャップの「アベンジャーズ、アッセンブル」。吹替だと決起を込めた堂々のアッセンブルで(言い放つ感じ)、字幕だと万感の到達点として絞り出すようなアッセンブルで(吐き出す感じ)、ニュアンスの違いが見られて面白かった。

 

また、キャップがハンマーを持って、それにソーが反応するシーン。吹替の「持てると思った」の方が、原語のそれより好きかもしれない。『エイジ・オブ・ウルトロン』でキャップが微妙に持ち上げたのを踏まえた上で、ソーがちょっとだけ悔しい感情を込めてこぼすのが良い。腹の底でキャップを認めていて、でも同時に「ちくしょう」ってのもあって。

 

・・・以上、取り急ぎのまとめとして。最低でももう一度くらいは観ておきたいので、その際はまた追加で感想をまとめたいところ。んー、でも時間作れるかなあ。要検討。

 

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感想『名探偵ピカチュウ』 実写版ポケモンによるまさかの『ミュウツーの逆襲』再演に驚嘆!

ポケモン世代としては、観ない訳にはいかない、実写版ポケモンこと『名探偵ピカチュウ』。あのポケモンがハリウッドで実写化、しかも、同名タイトルのゲーム版を原作とするとのことで、若干の眉唾な感じもありながら、あれよあれよと公開日が訪れた。しかも、日本先行公開とのこと。日本人として、素直に嬉しい。

 

Pokémon Detective Pikachu (Original Motion Picture Soundtrack)

Pokémon Detective Pikachu (Original Motion Picture Soundtrack)

Pokémon Detective Pikachu (Original Motion Picture Soundtrack)

 

 

鑑賞してまず驚いたのが、そのプロットである。まさかの、『ミュウツーの逆襲』が下敷きになっているのだ。ポケモンと人類が共に生きる世界観と、その裏で行われる、遺伝子操作と人間のエゴ。それに振り回されて哀しい運命を背負ったミュウツーと、ピカチュウとの絆を武器に危機に立ち向かう主人公。もちろん、ストーリーそのままという訳ではないが、確実に影響を受けていると思われる。

 

ミュウツーの逆襲【劇場版】 [VHS]

ミュウツーの逆襲【劇場版】 [VHS]

 

 

『ミュウツーの逆襲』といえば、ポケモンの人気を決定づけた伝説的な映画。全米でも『Pokémon:Mewtwo Strikes Back!』のタイトルで大ヒットを飛ばし、全米興行収入は8,000万ドルを記録したとされている。奇しくもこの2019年には、『ミュウツーの逆襲 EVOLUTION』としてフルCGによるリメイク版が公開を控えているが、ポケモンを実写化するにあたり、過去の大人気作を下敷きにするのは、実に堅実な作りである。

 

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探偵であった父を持つ主人公・ティムは、突然、その父の事故死を知らされる。失意のまま父の部屋に赴くと、そこで人語を操るおっさんピカチュウと出会う。ピカチュウは亡き父のパートナーポケモンらしいが、彼自身も記憶の大部分を失っていた。急遽結成された凸凹コンビは、ポケモンを凶暴化させる謎の薬物「R」や、人造ポケモン・ミュウツーの謎を追いながら、巨大企業の陰謀に迫っていく・・・。

 

このストーリーにおいて、ミュウツーが果たす役割は大きい。まず冒頭、巨大な培養管に囚われているミュウツーが映るだけで、『逆襲』世代としては親指を立ててしまうのだが、彼は終始、マクガフィンとして物語を牽引し続ける。主人公とピカチュウが彼を追うストーリー展開だが、ミュウツーは堂々と「作中最強」のポジションを維持し、その存在感を放ち続ける。スマブラでもミュウツーばかり使っていた、私のようなミュウツーフリークにとっては、垂涎モノの構成であった。思っていたより何倍も、「ミュウツー映画」だ。

 

対するピカチュウは、予告にもあったように、表情豊かにおっさん声で喋るのが特徴的。吹替版で鑑賞したが、声を担当したのは俳優の西島秀俊。これが驚くほどハマっていて、あのピカチュウの気だるくもイキイキとした感じをばっちりと演じていた。(ちなみに、主人公・ティムの声は竹内涼真だが、こちらはやや違和感が残る結果・・・)

 

 

ピカチュウの表情は、原語版で声を担当したライアン・レイノルズの表情をフェイシャルキャプチャで取り込んでいるとのことで、まさに人間のような豊かさがあった。予告公開時に話題になったしわくちゃ顔も可愛いが、意外にも、目が大きいプレーンな表情が抜群にキュートである。揺れる毛並みと、それが濡れた際の質量感、土煙で汚れた感じなど、ピカチュウの造形や演出は本当に目を見張るものがあった。

 

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リザードンにはコモドオオトカゲ、フシギダネにはブルドックや子犬、コダックはアヒルやペンギンなど、実際の動物を参考に動きを決めたというポケモンたち。リザードの肌の質感の強さや、毛並みを書き込むことによる異物感は若干あるものの、「もしポケモンが現実に生きていたら」のアプローチとしては、大成功ではないだろうか。中でも、コイキングの生魚っぷりは尋常じゃなかった。あれはひどい。(褒めている)

 

また、カイリキーがその腕を駆使して交差点で交通整理をしていたり、消防活動にゼニガメ隊が組織されていたり、アングラなコロシアムでスピーカーの周りにドゴームが並んでいたりと、思わずニヤニヤしてしまう配置が多いのだ。これは、アニメ『ポケットモンスター』のようでもあり、世代的にも、漫画『ポケットモンスタースペシャル』の世界観を想起させる。スクリーン狭しと、端から端まで様々な世代のポケモンがうようよしているので、探すのに目が忙しいほどであった。(もちろん、「もしかしてこの世界ではポケモンを食べているのか?」という疑問は残る訳だが・・・)

 

ポケットモンスタースペシャル(1) (てんとう虫コミックススペシャル)

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「カントー地方」という単語が出てきたり、遺伝子操作されたポケモンと戦ったりと、日本のポケモンファンならニヤリとしてしまう要素を散りばめながら、物語はクライマックスを迎える。黒幕の目的と、そこで大暴れするミュウツー。ビル群を縦横無尽に移動するカメラは、あの頃夢見たポケモンバトルそのものである。演出としては、ゲーム『ポッ拳』なんかも近いだろうか。カメラがグリグリと回り込む、あの感じだ。

 

あえて苦言を挙げるならば、主人公が過去にトレーナーを目指していたという背景があるものの、それがあまり後半の展開に活かされないのは残念であった。わざの応酬も正直もっと観たかった。また、「名探偵」という看板がありながら、推理要素が薄いのも若干の肩透かしである。

 

とはいえ、ポケモンと人間が生きる世界を見事に実写の映像にまとめあげ、ストーリーの底には『ミュウツーの逆襲』を走らせ、しかし、『逆襲』のように重いテーマに寄せるのではなく、(そのオチまで含め)コンパクトなファミリームービーとしてゴールさせる辺りは、流石のロブ・レターマン監督である。同監督の『モンスターVSエイリアン』が大好きなのだが、それに近い、「大きなスケールなのに本筋は実にコンパクト」な構成だ(上映時間も短めの97分!)。素直に「観やすい」。反面、カルト的人気を博しそうなフックには欠けるものの、老若男女に広く受け入れられる娯楽作と言えるのではないだろうか。

 

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ポケモンは様々なメディア展開において、一貫して「人とポケモンの絆」を描いてきたが、それを「父子の絆」に置き換えて展開する構成も、そつなく要所を押さえている。ただのモンスターパニックムービーになっていないのが良い。

 

エンドロールでまさかの「あの画風」が登場する辺りも、実に、原典である日本のポケモンを大切にしているのが感じられる。上ではファミリームービーと書いたが、むしろ、「あの頃ポケモンにハマった元子供」にこそ観てほしい、そんな一作である。夏の『ミュウツーの逆襲 EVOLUTION』も実に楽しみだ。

 

ポケットモンスター ポケモン ぬいぐるみ 1/1 名探偵ピカチュウ 高さ約40cm

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感想『アベンジャーズ / エンドゲーム』10年間を追いかけたファンは生きたまま走馬灯を目撃する

ついに『エンドゲーム』を鑑賞してしまった。昨年の2018年で、MCUは10周年。11年目に到達したこの2019年、晴れてひとつの「終わり」を迎える。

 

この「終わり」は、単にラスボスを倒してお話が終わる、という意味ではない。前人未到の、もはや「最も成功した映画シリーズ」とも言われるユニバース構想が、ついに辿り着いた到達点なのだ。遠い島国の一介のオタクとして、このユニバースを追い続けてこれたことを、今は何より幸せに思う。

 

ポスター/スチール写真 A4 パターン18 アベンジャーズ/エンドゲーム 光沢プリント

 

『アベンジャーズ / エンドゲーム』は、前作『インフィニティ・ウォー』の「その後」から幕を開ける。サノスによって、生命の個体数が半分になってしまった世界。幾度となく世界を危機から救ってきたヒーローチーム・アベンジャーズは、この未曾有の混沌から脱することができるのか。

 

観終えた後の感想を一言でまとめるならば、それは、「ありがとう」という御礼の言葉に尽きる。前述のように、『アイアンマン』から始まった連作を長い年月をかけて鑑賞してきた訳だが、本作『エンドゲーム』は、そんな長丁場に付き合ってくれたファンへの感謝がこれでもかと詰め込まれた作品になっていた。それは単に、絵的なファンサービスのみを指すのではない。お話の作り、ストーリーの構造面で、ファンサービスが徹底されていた。スクリーンの向こうから放たれる感謝と、我々ファンが発する感謝。感謝の応酬が、上映時間3時間、インフィニティに行われる。

 

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前作『インフィニティ・ウォー』の感想で、私は同作のジャンルやテーマについて、以下のような感想を書いた。

 

上で、『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー』がスペースオペラ、『ホームカミング』が学園ドラマと書いたが、本作『IW』のジャンル(もしくは主題)は、間違いなく「クロスオーバー」だ。 

マーベルが10年間やってきたユニバース構想の強みを使って何かを描くのではなく、その強み、そのものを、映画のテーマとして真っ正面から打ち出す。根底にある訳でも、それを応用する訳でもなく、それ自体を中心に据えるやり方。あのキャラクターとあのキャラクターが共に戦い、あの舞台とあの設定が交わっていく。その「交わり」をメイン格に据えた映画の作り方は、確かに、前人未到の10年間を築き上げたMCUにしかできないことだ。

大げさにいえば、この2018年春、ここに「クロスオーバー」という映画の新しいジャンルが確立されたのかもしれない。言い換えれば、「クロスオーバー」が方法論からメインジャンルへと晴れて羽化したのだ。そう叫びたくなるほどに、もはや既存の語り口では評せないショックを体感した。

感想『アベンジャーズ / インフィニティ・ウォー』MCUが繰り出すエンターテインメントの新たな形と、その反証としてのサノス - ジゴワットレポート

 

『インフィニティ・ウォー』の主題が「クロスオーバー」そのもにある、という前提で語るならば、次作『エンドゲーム』はそれを更に発展した作品に仕上がっていた。前作では、「交わることによる化学反応」を様々なアプローチで観客に提供することで、ただそのシンプルな効果のみが映画の推進力として十二分に足りる、という性格を持っていた。これは、10年間を積み上げたMCUだからこそ可能な離れ業であった。

 

それを受けた『エンドゲーム』は、「交わることによる化学反応」の旨味をしっかりと引き継ぎつつ、ここに「交わってきた歴史そのものの重み」をプラス。「クロスオーバー」という主題を、前作以上に物語の構造そのものに落とし込んでいるのだ。

 

結果、10年以上を共に過ごしてきたファンは、黙って涙を流し、頭を垂れる他にない。スクリーンの向こうから放たれる、感謝という名の「圧」によって、強制的に共に過ごした10年間を呼び起こされる。まるで、「生きたまま走馬灯を観るような映画」だ。今や、猫も杓子もユニバース構想で映画を展開させているが、その先駆者としてのMCUだからこそ演じることができた、至高の千秋楽である。

 

さて、そろそろネタバレ抜きに語ることが難しくなってきたので、これ以降は、本編の内容に言及しつつ、感想を残しておきたい。例によって制作サイドからも箝口が奨励されている作品である。未見の方は、しっかりとブラウザバックしていただきたい。

 

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上で「生きたまま走馬灯を観るような映画」 と書いたが、これはつまり、「MCUの歴史そのものを物語の舞台にしてしまう」展開を指す。冒頭15分ほどで、まさかのサノス惨殺。トニーは宇宙の放浪から救出されたものの、その喪失感から精神的なダメージまでもを負ってしまう。失ったものが取り戻せないまま、5年が過ぎ、ヒーローたちは新しい人生を歩み出していた。

 

「悲惨な出来事があっても日常は続く」。これは日本人にとっても身に沁みた真実であろう。東日本大震災が起きても、各地で災害が多発しても、日常は止まらない。隣人が亡くなっても我が家の幸せはそこに在り続けるし、世界が沈んで淀んでいても、会話の中に笑いは生まれ、笑顔が交わされる。残酷なまでに、日常は止まらず、進んでいくのである。

 

『エンドゲーム』序盤、あの壮絶なエンディングからの「続き」として、幸せな家族の情景や、ボードゲームで遊ぶトニーたちが映し出される。スティーブはセラピーとして人々を救っているし、ブルースはハルクとの完全融合を果たし、まるでゆるキャラのように子どもたちに親しまれている。残酷に突き落とされた世界にも、ミクロな幸せがあちこちで進行し続ける。それは、子を設けたトニーの生活にも流れていた。

 

ポイントは、この「不可逆性」にある。その状態に変化したら、もう元の状態には戻らない。それが分かっているからこそ、人々は、目の前にある幸せをより一層大切にしようとする。決して、失ったものを小さく見積もったり、忘れたりしているのではない。それらを踏まえた上で、その「不可逆性」の尊さを噛みしめることで、前を向くことができるのだ。

 

トニーは、まるで愛弟子であったピーター・パーカーを失い、自身の無力さを嘆き、その「不可逆性」を痛感したからこそ、新しい幸せを意固地に守ろうとする。家族を失ったバートンは、その「不可逆性」の残酷さに耐えきれず、世界を飛び回って悪人を斬っていた。誰もが、「戻らない」ことと向き合っていた。

 

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そこに一石を投じたのが、アントマンことスコットである。序盤で散々、「不可逆性」の酷な現実を描いておきながら、ここにきてタイムマシンの可能性が浮上する。「戻せない」現実と、「戻せるかもしれない」希望。そのふたつの間で揺れながら、物語は、スクリーンでもってMCUそのものを総括していくこととなる。

 

具体的には、過去作への渡航だ。無印の『アベンジャーズ』や、『マイティ・ソー / ダーク・ワールド』、『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー』など、シリーズ過去作の舞台そのものに、現時刻を生きるメンバーが訪れる。『キャプテン・マーベル』でも実証された「デジタル若メイク」の精度がこれでもかと突き詰められた結果、常軌を逸したクオリティの時間移動が描かれた。その中でも、過去の獰猛なハルクを茶化したり、キャップとキャップが戦ったりと、ファンサービスと目配せが絶えない。エレベーターのくだりなど、過去作を踏まえた上での展開が連続するのである。

 

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「あの頃、実は舞台裏でこんなことが起きてました」。これは、劇中でもタイトルが挙がる『バック・トゥ・ザ・フューチャー PART2』の方法論である。一度表舞台を観ているからこそ、裏舞台に旨味が生まれる。MCUというシリーズは、満を持してこの方法論を採択することで、スクリーンの中に「10年間」を閉じ込め、再展開させた。

 

「過去に遡ってストーンを集める」という話運びそのものが、「ファンに10年間を追体験させる」という結果に繋がるのだ。これぞ、「クロスオーバー」が主題、という『インフィニティ・ウォー』の正当な発展系である。『エンドゲーム』は、この方法論を用いることで、我々の目に走馬灯を刻みにきたのだ。

 

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過去作の様々な情景が流れては、過ぎていく。『エンドゲーム』は、自らMCU過去作をスクリーンに再展開することで、ファンひとりひとりの「10年間」をダメ押しで重くしていく。もはや、映画館に駆けつけているだけでその重みを理解した結果だというのに、そこに「追い思い入れ」が追加されていく。「一作目のアベンジャーズ、覚えてる?」「このセット、懐かしいでしょ?」、制作陣がそうして無限に語りかけてくるので、当然、カットごとに感動が誘発される。

 

『バック・トゥ・ザ・フューチャー PART2』の方法論、それだけで実は十二分に面白いのに、これを他でもないMCUが実演することで、そこに至高のファンサービスが生まれる。ファンは、アイアンマンの活躍も、キャップの高潔さも、ソーの豪快さも、その全てが好きだが、一番思い入れとして持っているのは、「追いかけてきた」という自負なのだ。これを、『エンドゲーム』は巧妙にくすぐってくる。「クロスオーバー」という主題こそが、それを可能にする。まさにMCUにしかできない、映画の作り方だ。

 

「ファンの自負をくすぐる」流れは、同時に、シリーズのストーリーを総括していく。過去に遡ることで、亡くなったはずの親や姉と再会を果たすことができる。キャラクターがその人生史を総括することにおいて、最も有効な手段は、「大切な人」との対話である。そこで以前は伝えられなかった思いを吐露することで、 キャラクターの成長を描くことができるのだ。これは、漫画『NARUTO』の終盤と同じ方法論であり、「亡くなったはずの大切な人」との対話は、着実にキャラクターたちの歴史を閉じる方向に運んでいく。

 

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キャップは生きているペギーと会い、トニーは父と会い、ソーは母と会う。アベンジャーズを代表するこのビッグ3のが、それぞれの歴史を総括するように、愛する人との再会を果たす。

 

実は物語の意味としてはこの辺りが最高潮と言えるだろう。「不可逆性」を打ち出しながら、MCUの10年間を総括し、主要3人の歴史を閉じていく。そうして、大いなる「終わり」を予感させながら、後半、従来のMCUが幾度となくファンに提供してきた、ストレートな「燃え」に軸足を移していく。

 

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待ちに待った「アベンジャーズ、アッセンブル!」のために、全ての展開を逆算して構築する。相対する敵が必要なので、過去からサノスを進軍させる。高潔なキャップが「アッセンブル」を発声するからこそカタルシスが生まれるので、それを印象づけるために、ソーのハンマーを操らせる。

 

待ちに待った全軍勢揃いのシーンは、それはもう、感無量だ。全世界のファンが、「おそらく全員が集合して、キャップがアッセンブルを発声してくれるだろう」と、薄々分かっていたはずである。分かっていたのに、それでも、ここまで感極まってしまう。どうしようもなく、涙を流し、拳を握ってしまう。それは、その前段で「10年間」の「追い思い入れ」を喰らわされているからだ。なんとクレバーで意地悪な作りであろう。

 

そうして、サノスを打倒したアベンジャーズ。しかし、「不可逆性」はそこに在り続ける。全てが移り変わっていく。ストーン収集の過程で命を失ったナターシャも、サノスに殺されたロキも、ストーンと分離され傀儡に戻ってしまったヴィジョンも、そして、世界を救うためにガントレットを発動させたトニーも、戻らない。スティーブは、凍って失った年月を生き直し、老人となる。ソーは、自堕落な生活が招いた体つきから最後まで元に戻らない上に、王の座まで退く。スター・ロードが愛したガモーラも、失われたままだ。

 

「クロスオーバー」とは「交じり合う」の意だが、違う方向から伸びてきた矢印が交わった後に、それらはそのまま真っ直ぐと、別々の方向に引き続き伸びていく。もう今度こそ、交わらないのかもしれない。制作陣は、「アベンジャーズが平和を取り戻しました!みんなハッピー!アベンジャーズよ永久に!」という分かりやすいハッピーエンドを用意しなかった。「不可逆性」の尊さ。「変わっていく」ことの重さ。それらを、「10年間」をダメ押しで痛感させた物語の最後で、再提示する。

 

「これで終わり」なんだと、嫌でもそれが身に染みるエンディングである。キャプテン・アメリカの称号はサムに受け継がれ、世界はアイアンマンを失った。我々が知るアベンジャーズは、もう二度と結成されない。だからこそ、これまでの「10年間」が、より一層重みを増していく。映画は、映画館を出れば「終わり」である。皆がそのまま生き続ける終幕でも、ファンは勝手に「終わり」を感じることができたはずだ。しかし、MCUはそれを許さない。しっかり、映画の中で「終わり」を語る。「有終の美」は「終わら」なければ飾れない。これにより、何重にも「幕引き」を痛感させられた観客は、劇場からの帰路、過ぎ去った「10年間」を尊く感じるのである。

 

『アベンジャーズ / エンドゲーム』は、世界に公開された。つまりは、MCUは大きな区切りに到達し、「終わり」を迎えた。その、「終わる」からこその美しさ。失うからこその尊さ。それらを、「不可逆性」をテーマに据えながら、キャラクターの動向で表現していく。更には、その尊さを際立たせるために、歴史を再演しながら、最後の最後まで「10年間」を実感させる。

 

本作『エンドゲーム』の主題は、もはや「クロスオーバー」のもう一段上、「マーベル・シネマティック・ユニバース」そのものであると言えよう。10年・20作を超える物語が積み上げた歴史。その「歴史」が持つ、過ぎたる情景と戻らない過去の偉大さ。歴史が不可逆だからこそ、我々は、それを踏まえて、また新しい先を見据えることができる。MCUはすでに『スパイダーマン:ファー・フロム・ホーム』を始めとする新作公開をアナウンスしているが、彼ら自身が新たに前に進むためにも、しっかりと「終わらせに」きたのだ。

 

「豪華なお祭り映画」という表現がもはや失礼に感じられるほどに、『エンドゲーム』という作品において、MCUの偉業そのものに誰よりも制作陣が自覚的であった。自らの足跡をしっかりと見つめ直し、終わらせることで英雄性を強調する。なんとも、自信に満ちた、強欲な幕引きである。

 

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感想『バンブルビー』 奇をてらわない素直さと様式美こそが、マイケル・ベイとの距離を創る

日本公開から約3週間、やっとこさ鑑賞することができた。Twitterで映画好きな方を多くフォローしていると、公開日を含めたその週末が話題のピークで、よっぽどの大ヒットでない限りは次々と新作に話題が移っていく。3週間も新作に乗り遅れると、もはや観ていないのは自分だけなんじゃないか・・・ という錯覚も覚えるほど。

 

なので、本作『バンブルビー』についても、あらかたの感想はTwitterで目にしていた状態。もちろん大きなネタバレを喰らったことは無かったが、実際に観てみて納得したのは、そもそも大きなネタバレを抱えるタイプの映画ではなかった、ということ。言うなれば、「予告から感じられる観たいモノ」を「過不足なく丁寧に提供する」、という作りであった。

 

Bumblebee (Motion Picture Score)

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実写トランスフォーマーシリーズは、私もご多分に漏れず全作映画館で鑑賞してきた。『ビースト・ウォーズ』世代ということもあり、トランスフォーマーは昔から大好物である。「トランスフォーマーを実写映画にする」と最初に聞いた時はどうなるのか不安も大きかったが、作り込まれたCGで描かれる「変形」には目を丸くした。とにかく細部の書き込みがエグい。『仮面ライダーカブト』の制作において、キャストオフする直前のアーマーが浮いた箇所をいかに書き込むか、という過程があったが、それを海の向こうの技術で何倍にも気が狂ったようにこだわったのだろう。

 

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そんな、「変形」の映像表現としての面白さ、純粋な「ワンダー」で殴り抜ける感じは、シリーズを重ねるごとに悲しいかな薄くなっていく。

 

もちろん、それが一概に悪いとは思っていない。続編が出る度に、合体するトランスフォーマーや、対を成すマスコットな存在、動物や恐竜の変形など、様々なバリエーションが提示されたからだ。そしてそれらは、脳を蹂躙して麻痺させていく怒涛のデスマーチに組み込まれていく。いつからか、実写トランスフォーマーの新作鑑賞には、数時間前から飲食を控え、体調を万全に整えてから臨むようになった。

 

 

そんなこんなで、本数も演出も爆発も、どこか飽和状態が漂ってきた実写トランスフォーマーシリーズ。そこに一石を投じるかのように制作されたのが、スピンオフ作品『バンブルビー』だ。監督は『KUBO / クボ 二本の弦の秘密』のトラヴィス・ナイト。

 

冒頭でも書いたように、本作は、何か大きな隠し玉があるようなタイプではない。意外にもシビアだったり、予想以上にハートフルだったりもしない。予告や事前の情報で感じられた、「異星人と少女のジュブナイル」。「ひと夏のノスタルジー」的な味。それらが、過不足なくスクリーンの向こうから提供される。始めて観る映画なのに、まるで通いの定食屋のように、納得感と満足度がゆるやかに積み重なっていく作品に仕上がっていた。

 

もちろん、トランスフォーマーなので、鉄と鉄とのガチンコぶつかり合いもしっかり描かれる。異星人、もとい異星ロボと少女のKIZUNAだけでない辺りが、しっかりトランスフォーマーである。また、オプティマスを含めたトランスフォーマーたちのデザインが、マイケル・ベイシリーズと、かの原典アニメ『戦え!超ロボット生命体トランスフォーマー』の、両者融合なフォルムになっており、造形面ではシリーズ決定版にも感じたところである。絶妙な「箱」フォルム!

 

そんなオイルの臭いもしっかり漂わせながら、本作は、同シリーズが続編を重ねるごとに薄まっていた「変形要素へのトキメキ」をこれでもかと全面に押し出してくる。これぞ、1作目で感じたプリミティブな魅力。腕だけ、上半身だけなど、部分変形を多用することで、「変形」が持つ「ワンダーさ」を何度も厚塗りしていくのだ。「そうそう、変形に胸をトキメかせた1作目、懐かしいよね」。観た人の多くが、こういった感想を抱いたのではないだろうか。

 

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バンブルビーを、とにかく可愛く、そしてかっこよく。細部の動きにまで気を配る、キャラクターの息遣いまでもを感じさせるアニメーションの技術は、それこそ、『KUBO / クボ 二本の弦の秘密』で見事なまでのストップモーションアニメを創り上げたトラヴィス・ナイト監督の得意とするところだろう。そして精神年齢を若干低めに設定することで、「可哀そう感」も伴わせる。様式美としての、『E.T.』パターンである。

 

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この手のパターンは、純粋無垢な存在と知り合ったティーンが、互いに互いを必要としていく流れで、軍事利用だの研究材料だの野次馬だのが横やりを入れ、その魔の手から一緒に脱して涙で別れるまでがワンセットである。『バンブルビー』も、しっかりとその黄金律を踏襲する。仲良くなる段階、失敗するフェイズ、引き裂かれるふたり、脱出劇と逃走劇。そして、互いが互いの心の穴を埋め合う存在にまで至る。余計なものを足さず、同時に、ノルマをしっかりとこなす。欲張らず、変化球を投げず、素直に丁寧に。『バンブルビー』は、良い意味で「教科書通り」であった。

 

それは反面、予想を覆す展開がほとんどないので、意地悪に言えば「予定調和」なそれである。カルト的な人気を獲得するには至らないだろう。ただ、本作が面白いのが、その「予定調和」たる「教科書通り」で丁寧な作りが、実写トランスフォーマーシリーズにおいてはこの上なく新鮮であるということだ。こんなにもあらゆる映画で観たパターンなのに、それを同シリーズの設定の上でやるだけで、こうもフレッシュなのかと。

 

これも、トラヴィス・ナイト監督が目指したバランスなのだろう。実写トランスフォーマーシリーズの歴史を振り返れば、綺麗に回転がかかった球を真っすぐに投げ込むことが、むしろ最高に「新鮮」なのだ。トランスフォーマーというコンテンツのプリミティブな魅力である「変形」、そして、誰もがパターンを知っている『E.T.』路線の様式美。最後に、懐かしの80's要素で味を整える。これらを奇をてらわずに素直に組み合わせることで、ちゃんとフレッシュに仕上がる。欲張らない姿勢こそが、むしろ、同シリーズ過去作との距離を取るための最たる手段なのである。

 

実写トランスフォーマーシリーズの、「混沌」な要素へのカウンターとして成立する本作は、カメラアングルや構図も「観やすさ」がしっかり確保されており、マイケル・ベイの作る画とは全く違ったものになっていた。「実写トランスフォーマー=マイケル・ベイ」の構図が満を持して崩れたので、今後は、また毛色の違った監督を起用しつつ、オプティマスやスタースクリームのスピンオフも観てみたいなあ、などと、ついつい欲張ってしまうのであった。

 

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