ふと思い立って、映画『インセプション』に関するアンケートをツイートしたところ、非常に面白い結果となった。情報や解釈ではなく「物語の好み」として、ラストシーンはどちらの展開が「好み」か。
『インセプション』のラスト、作品内から読み取れる情報や解釈を一旦全部無視して、個人的な「物語の好み」として割り切るなら、どっちが好き?
— 結騎 了 (@slinky_dog_s11) 2020年1月7日
2,332票も集まったのに、結果はほぼ半々。「回り続ける」が若干上回ったが、それで何かを言えるほどの差ではない。
『インセプション』は、クリストファー・ノーラン監督による2010年の作品。主演はレオナルド・ディカプリオ。他人の夢に潜り、深層意識から情報を盗み出す、あるいはアイデアを植え付ける。そんな荒唐無稽なミッションに挑む男らの奮闘を描く。夢の中の夢、更にそのまた夢と、階層を下っていく小気味好さ。そして、課せられたいくつものルールと自由自在に変幻する映像。観る者を虜にする、スタイリッシュかつ骨太な一作。
同作にて、レオナルド・ディカプリオ扮するコブが持ち歩いていたコマ。トーテムと呼ばれるその小道具を使って、「今の自分は現実と夢のどちらに居るのか」を見分けるのだという。夢に潜り続け、現実を見失いかける彼らの、貴重な判断材料である。物語のクライマックス、階層の果てにある「虚無」世界から生還したコブは、待ち焦がれた家族との再会を果たす。そこで回したコマは、そのまま回転を失って止まりそうにも、引き続き回りそうにも見える。どちらとも判断できない絶妙のタイミングで、物語は容赦なく幕を下ろす。
世界中の観客が笑顔で悲鳴を上げた、そんな瞬間である。
当時、一緒に観に行った友人とひたすらに語り合ったのをよく覚えている。通いのシネコンの近くにあったセブンイレブンの駐車場で、あのコマは止まったのか・回り続けたのか、「虚無」世界をどう解釈するか、この物語はどこまでが「信じられる」のか、そんなことを延々と討論した。懐かしい思い出である。
もちろん、それを考察するためのピースは劇中に無数に存在するのだけど、究極のところ、「止まったか・回り続けたか」は問題ではないのだろう。明確な答えを劇的に取り上げる衝撃を入り口に、「もしかしたら我々が見ているこの現実も誰かの夢じゃなかろうか」と、ふとそんな想像が頭をよぎる。クリストファー・ノーランによって、多くの観客が「現実を疑う」というアイデアを見事に植え付けられてしまった。そういった構造そのものが、この上なく痛快なのである。
だからこそ先のツイートでは、考察を抜きにして、「物語としてどちらが好みか」という質問をしてみた。解釈の度合いや深度、あるいは方向性ではなく、シンプルに「好み」の問題。
私の場合は、「回り続ける」方が好きだ。単にバッドエンドが好きというよりは、作品が円環構造のようにどこか「閉じて」いる、そういった枠組みに爽快感を覚える。
例えば手塚治虫の『火の鳥』なら「異形編」が狂おしいほどに好きだし、ハリウッド版『オールド・ボーイ』のオチなど、物語がどこかしら「一巡」していく着地に強いカタルシスを感じる(単にお話がループしている、ということではなく、「物語のカルマが巡る」的なニュアンス)。『インセプション』だと、主役のコブには大変悪いのだけど、「そこは途切れることなき夢幻」「ただし夢を彷徨うことを受け入れるのならそれもまたハッピーエンド」という落とし所の方が、自分の中にストンと落ちる感覚があるのだ。重ね重ね、単にフェチの話である。
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これで思い出すのが、学生時代の国語の授業だ。
芥川龍之介の『羅生門』を習った際に、国語の先生がふと「この物語の続きを考えてみよう」と言い始めた。明確な宿題というよりは単なる雑談の延長だったのだけど、教室がやや盛り上がったのを妙に覚えている。
「完結済みの物語の続きを考える」という発想は、読み手それぞれの「物語の汲み取り方」を浮き彫りにするのだろう。その読み手が、テーマを探しながら読んだのか、登場人物に思い入れながら読んだのか、あるいは、自分の好みや願望を投影しながら読んだのか。
当時の私は、仮に『羅生門』に続きがあるのなら、「その後、下人も見知らぬ他人の悪行に踏みにじられるべき」だと信じていた。下人が老婆にやったことが、名も知らぬ第三者によって他でもない下人当人に降りかかる。「生きるため」「悪」といったキーワードで描かれるエゴイズム。そういった悲痛な連鎖こそが現実であり、老婆の主張そのものじゃなかろうか、と。そうやって、巡りつつ「閉じる」話を妄想していた。今なら、下人は牛車に轢かれて異世界に転生でもするのだろうか。
「物語の好み」は、俗に表現される(オタク用語の)「性癖」にも通じるのだろう。その人がどのように物語を受け取り、光明、あるいは深淵を見い出すか。「どう転べば自分好みか」という問いは、そっくりそのまま、「その物語をどう受け取ったか」「自分の性癖のどこが反応したか」を意味しているのかもしれない。私は、例えば下人がハッピーエンドを迎えるような展開には「違うだろう」と思ってしまうのだ。
うーん、『インセプション』、めちゃくちゃ観返したくなってきた。あのコマが一瞬よろめく感じ、絶妙なんですよねぇ・・・。今年はクリストファー・ノーラン監督の最新作『TENET』の公開が控えているので、実に楽しみ。また気持ちよく殴られることを願って。
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