ジゴワットレポート

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スマートスピーカーは無理やり用途を見い出して買うものじゃない

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物は試しと導入したスマートスピーカー(我が家のはAmazonのEcho Dot)と生活して1ヶ月以上が経ったんですけど、もう完全に生活の一部になりましたね。

現在、リビングに1台、自室に1台、計2台を使用してます。

 

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要は「スマートスピーカーとの生活は結構いいぞ~」という話なんですけど、持っていない人からは「いらないでしょ~」と言われるんです、高確率で。

 

しかも、ネットでも「こういうスキルがあるよ!こんなこともできるよ!」という記事が出回って、それに「その程度ならいらないな」「無理に用途を見い出してまで買う必要はない」みたいなブクマがついて星を集める始末。

 

www.itmedia.co.jp

 

▲ こういうやつ。

 

いやね、ハッキリ言いますけど、スマートスピーカー、要らないですよ。

「要」か「不要」かで問われれば、完全に「不要」。無くても一切困りません。

 

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「じゃあなんでスマートスピーカーと生活してるの?」という話なんですけど、これって結局趣味の話なんですよ。嗜好品。別に生活必需品でも一家に一台でも何でもない。最近はどれもスマホで出来ちゃうし、天気もニュースも何もかもそれでまかなえる。無理にスマートスピーカーに任せなくても十二分に成立するんですよね。

 

だから、「〇〇というスキルがあるよ!」「こんなこともあんなこともできるよ!」という売り文句は、ちょっとズレてると思うんです。

「え?その程度なら要らなくない?」というフツーの機能が、使っていくうちにじわじわとライフスタイルに食い込んでくる。そこがスマートスピーカーの真の魅力というか。

 

うちは基本的に、「天気」「ニュース」「音楽再生」の3つの機能を使ってます。

「アレクサ、おはよう」と呼びかけると、①今日の天気 ②最新のニュース を読み上げてくれるように設定しているので、毎朝の着替えたり支度したりするタイミングでそれを聞く、という感じ。あと、「アレクサ、ジャズを流して」「アレクサ、洋楽をかけて」といったBGM再生機としての使用。

 

これだけだと、「別にスマートスピーカーじゃなくても良くない?」となるんですよ。そう、無くても良いです。全然困りません。天気やニュースの確認はスマホを開けば有能なアプリが沢山あるし、音楽再生も同様。わざわざ声に出して指示を出す必要は皆無。

他にも、例えば株価の確認とか、クイズを出してくれるとか、色んなスキルを追加できるんですけど、どれも続きませんでしたね。そういうちょっと特殊なのは、結局スマホを開いた方が便利だし、遊びの域を出ない。用途はすぐに「天気」「ニュース」「音楽再生」の3つに絞られた感じでした。

 

結局は、「何が便利か」「何が出来るか」という機能的な問題ではなく、「声に出すだけで指示が成立する」という事象にどんな価値を見い出すか、が焦点だと思うんですよ。

 

例えば我が家でいくと、1歳の娘はとにかくアンパンマンの歌が好き。アンパンマンの歌を聞けば、取りあえず十数秒は落ち着いてくれる。だから、何かのきっかけで泣きだして抱っこしても泣き止まない時に、気分転換のきっかけとして流したり、オムツを替える時に暴れるのを大人しくするために流したり。着替えの時も同じですね。

こういう時、両手はもちろん塞がっているので、「アレクサ、アンパンマンのマーチを流して!」と発声する。子供をなだめたり、お尻を拭いたりしながら、口だけで音楽を流せる。これは結構助かってますね。

 

そういった、「声だけで起動させたい絶対的なタイミング」というのは、育児関連しか思い浮かばないですよ、正直なところ。あとの、「ニュースを聞く」「天気を聞く」なんてのは、別にスマートスピーカーじゃなくて良い。何ならiPhoneなのでSiriでも可能。

 

そしてこれ以上の、「声だけで起動できる価値」というのは、文章だけで表現するのはとても難しい。

片付けでも掃除でも何でも、何か作業をしながら「アレクサ、今日のニュースは?」「アレクサ、今日の降水確率は?」と聞く。これは別にスマホの画面を開けば事足りる。でも、首から下に一切の動きを求めることなく、声だけでそれらの情報を立ち上げられる面白さというのは、なかなかどうして、ある程度体感してみないと分からないと思う。

 

思うに、「スマホの画面」や「目」というのは、最新のライフスタイルにおいて出番が多すぎるのかもしれない。単純に、「それらに向き合わなくても情報が手に入る」という選択肢があることそのものに、価値があるというか。

スマートスピーカーが家にあっても、テレビでニュースを観るし、スマホで天気を調べる。何もその全部をスマートスピーカーに依存している訳ではない。多分、今この瞬間にスマートスピーカーが撤去されても、生活に大きな打撃はないだろう。

 

「生活における “選択肢” が沢山ある」。ただそれだけのほんの少しの余裕が、スマートスピーカーの真価なのかもしれない。その機能そのものがメイン、という訳ではなく。

 

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一昔前は「スマホがあればタブレットは要らない」という風潮もあったが、最近はそういう声もあまり聞かなくなった。スマホの画面でも全部やれるけれど、タブレットの10インチもそれはそれで便利だ。「それって別にタブレットじゃなくても良くない?」「スマホで全部できるじゃん」と問われれば、「その通り」としか言いようがない。でも、結局、タブレットはあったらあったで便利だ。

 

スマートスピーカーもそんな感じなのだ。だからこそ、「こんなこともあんなこともできる!」という売り文句はあまりピンとこない。別に無くても良いのだ、スマートスピーカーなんて代物は。あったからって生活が劇的に豊かになるなんてことはない。

ただ、趣味の世界に片足つっこんだ嗜好品として、「無くても困らない物を買う」という行為が許される人にとって、こんなに “便利” なものはない。

 

だから、何度でも書くけど、「それってスマホで良くね?」「わざわざ買う必要はないのでは?」という質問には、「その通りです」としか答えられない。それこそが、スマートスピーカーの良さ(面白さ)だと思うので。

 

「便利」という表現には濃度があると思っていて、その観点でいくと、「必需品!無いと困る!」という濃いゾーンにはスマートスピーカーは絶対に属さない。濃度は、かなり低いです。

濃度低めの「便利」。それがスマートスピーカーの魅力なんじゃないですかね。

 

Echo Dot (エコードット) - スマートスピーカー with Alexa、ホワイト

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Echo (エコー) - スマートスピーカー with Alexa、チャコール (ファブリック)