ジゴワットレポート

映画とか、特撮とか、その時思ったこととか。

感想『仮面ライダー龍騎スペシャル 13RIDERS』 龍騎のエッセンスを抽出して原液のまま飲み干す、そんな再構成の巧さが光る傑作

FOLLOW ME 

もう何十回と、下手したら百回以上観ているかもしれない、『仮面ライダー龍騎スペシャル 13RIDERS』

 

13人の仮面ライダーが殺し合うという未曾有の設定を、わずか45分の放送時間に再構成した本作。

ゴールデンタイムの放送を考慮してか、初見者にもある程度分かってもらえるような導入部を設け、電話投票により決定する二択のエンディングを用意する。今思えば、非常に「あの頃の平成ライダーらしい」というか、ライブ感に溢れた一作だ。

 

仮面ライダー龍騎 スペシャル 13 RIDERS [レンタル落ち]

 

『13RIDERS』の肝は、とにかく前述のとおりの「再構成」にある。これがとにかく巧い。

特に、当時放送中だったTVシリーズを観ていた視聴者にとっては、数々のアレンジが一々小気味よく、パラレルワールド設定の醍醐味をこれでもかと内包していたのは言うまでもない。

 

スポンサーリンク

     

スポンサーリンク

 

 

 

まず、モンスターに襲われてミラーワールドに巻き込まれた真司が、そこで戦う龍騎と出会う。この導入が素晴らしい。

「別々に存在する真司と龍騎」という構図を見せることで、「TVシリーズとは異なるパラレル設定」であることをしっかりと明示。同時に、この場合の劇中の真司は、『13RIDERS』で初めて『龍騎』に触れた新規視聴者と同じ戸惑いを抱くことになる。わずかなシーンで、以前からのファンの関心も、新規視聴者へのアプローチも、その双方もクリアしているのだ。

 

また、その龍騎に変身していたのが榊原耕一というのが最高である。

TVシリーズではすでにドラグレッダーに喰われていた存在として名前のみが登場していた榊原を、まさかこういうふうに使うとは。当時、めちゃくちゃ驚いた記憶がある。

 

加えて、同時に登場するコアミラーという設定。

 

これは、つまりはたったの45分で二択の選択肢を突き付けるための舞台装置なのだが、「怪物の絵をモンスターに実体化させる」という演出がその唐突さを上手く殺している。

本作のわずか1ヶ月ほど前に公開された劇場版にて、「ミラーモンスターは幼い頃の優衣が描いた絵から生み出された」ことが明かされ、そのすぐ後にこの演出が披露されたのだ。パッと見、ちゃちな鏡と布なのだが、この演出があるだけで存在感がグッと増すという。これもまた、当時すごく驚いて、前のめりになったシーンだ。

 

・・・というように、①放送中のTVシリーズと同タイミングで展開されるパラレル、②劇場版公開直後の放映だからこその面白さ、という辺りが、同作品のファン的には垂涎モノであった。リュウガがファムをちょっと守るような立ち振る舞いをする、とか。

もちろん、「たった45分でまとめるからこその無理」が至る所に噴出しているのだけど、それを吹き飛ばす勢いとテンションが、確かにあるのだ。

 

あと、榊原耕一関連で引き続き巧かったのが、「変身者の交替」という概念。

 

TVシリーズ本編ではあまりピックアップされなかった要素だが、この『13RIDERS』では、クライマックスに投票と絡めた真司のナイト(サバイブ)変身が待っている。

これを違和感なく見せるために、まず最初に榊原から真司への交替を盛り込んでいるのが手際が良い。

また、劇中でも「(カードデッキを)他の人に使われないように~」という台詞が出てきたり。「変身者の交替」という、本来イレギュラーな要素が設定上“アリ”な世界観であることを、自然に視聴者に認識させる。周到である。

 

スポンサーリンク

     

スポンサーリンク

 

 

 

キャラクターの面でいくと、芝浦淳がベルデの腰巾着になっていたり、須藤が人を騙して襲い掛かる小物キャラとして活躍したり、手塚は蓮と三角関係にあったことを示唆するなど、どれもこれも、本編における各キャラクターのドラマや人間関係をたった数分で提示するための再構成が巧くて、何度観ても感心してしまう。

 

本作オリジナルのライダー・ベルデこと高見沢は、非常に高圧的で挑戦的な存在として登場。もはや「理屈のある浅倉」くらいにはイっちゃってるキャラになっている。

ただ、彼の語る名台詞「人間はみんなライダーなんだよ」は、『龍騎』という作品をこれでもかと端的に表したものだ。

 

装着変身 仮面ライダーベルデ

装着変身 仮面ライダーベルデ

装着変身 仮面ライダーベルデ

 

 

以前、某大学の特撮サークル広報誌への寄稿依頼を頂戴した際に、「大学生への推薦特撮」というお題で、私はこの『13RIDERS』を挙げた。 「サラリーマンとしての仕事と仮面ライダー龍騎」という文脈で書いた部分について、一部をセルフ引用したい。

 

 実社会において、特にサラリーマンとして働くのなら、「競争」というキーワードから逃れることはできない。同じ舞台と条件の中で、自己を上手く周囲にプレゼンし、時には(結果的に)他者を蹴落とし、狡い相手と渡り合いながらも、社内での適正な地位を模索していく。たとえ出世に興味がなかったとしても、その村社会で行われる争いからは、大なり小なり逃れることはできない。
『龍騎』の面白さは、単にゲーム的に仮面ライダー同士が戦い合う絵面だけでなく、この上なく痛烈な実社会の縮図がそのライダーバトルに込められている部分にこそある。時には誰よりも自分自身のために働き、時には純粋に他者を助けるために働き、人によっては働くことそのものに快楽を求めていく。

 

『龍騎』に、「実社会は蹴落とし・蹴落とされの戦いなんだ」という殺伐とした実情を落とし込んだ側面があるのは明白なのだが、『13RIDERS』ではそれが高見沢を通してストレートにアピールされており、かなり自覚的に扱われている。

 

しかし、そんな殺伐とした幸薄い世界で、愚直に「正義」や「正しさ」、「人間の思いやり」や「優しさ」を訴えていくのが、我らが主人公・城戸真司なのである。

そんな、『龍騎』本編の醍醐味を、『13RIDERS』でもしっかり観せてくれる。だから面白い。

 

裏切りも、容赦のない惨殺も、蓮の葛藤も、真司の説得も、その全てを詰め込んだ45分。

タイガやインペラーはオマケ登場感満載だったが、あの時点では「出てくる」だけでもプレミア感がすごかった。

 

個人的に好きなシーンは、花鶏に北岡がやってきてからの、一連のシーン。

ここからの台詞の応酬が好きすぎて、ほぼ暗記してしまっている。北岡の「ダージリンをセカンドフラッシュで。その方が味に品があるからなァ」からのシーンである。

 

やはり見所は高見沢。手塚を殺した奴の手は借りないと怒る蓮に対しての、アオリティMAXのこのセリフ回し。「おまえもしかして、手塚ってヤツ殺られて頭にきてるって訳か? 馬・鹿・だ・ねェーーーー! たとえ昔の友人でもなァ、ライダーになった瞬間から敵同士なんだよォ。おまえ矛盾してんだよッ!!」。そして、その直後の芝浦淳の煽り笑い。ここまでセットで素晴らしい。

 

そして、葛藤する蓮の「違う、俺は・・・」からの北岡の「俺は、どうすんの? 手を組むの? 組まないの?」というエスコートっぷり。最高である。

井上脚本における男同士の掛け合いの良さがここに詰まっている。

 

二種類のエンディングは皆さんご存知の通りだが、そのどちらもほぼバッドエンドというのは、いかにも『龍騎』らしい。

後に、TVシリーズ最終回における「また繰り返すの?」の台詞ひとつで、TVSPも劇場版もパラレルでありながら正史に含めてしまう力業が炸裂する訳だが、この時はまだそんな全体像も見えない状態で。「本当にTVシリーズの最終回は劇場版の放送になるんだろうか?」と考えていた頃が懐かしい。

 

スポンサーリンク

     

スポンサーリンク

 

 

 

総じて、『龍騎』が大好きな人でも、また、『龍騎』を全く観たことがない人でも、誰もがちゃんと同作のエッセンスを感じ取ることができる、それが『13RIDERS』なのだ。

「再構成の巧さ」、とにかくこれに尽きる。

 

単なる番外編ではなく、かといって、本編との距離がちゃんと取られているからこそ面白い。平成ライダーがシリーズとして成立するか否かも不透明だった時期だからこその、「今やれることを全部やるぞ!!」ばりのハングリーさ。

白倉伸一郎イズム溢れる、という観点でも、欠かせない一作である。

 

仮面ライダー龍騎13RID

仮面ライダー龍騎13RID

 

 

漫画版の最後では、本当に「戦いを続けた」その果てのナイト(真司)が描かれたり。