ジゴワットレポート

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感想『カイジ ファイナルゲーム』 まさに圧倒的虚無!カイジによるカイジパロは福本漫画の未来を占うか

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まず前提を述べておくと、私は実写映画版『カイジ』シリーズが大好きである。

 

原作の持ち味をそのまま活かすなら、立木文彦による濃厚なナレーションが印象的なアニメ版が絶対的な正解だろう。しかし、流石に実写でそれをやるとくどいという判断か、「濃厚さ」を「クセの強い演技」でまかなったのが実写映画版である。藤原竜也の舞台仕込みの仰々しい演技が、原作が元から持っていたこれまた仰々しい台詞回しと奇跡的にハマり、ヒットを記録。藤原竜也の代表作として、今でもモノマネシーンでは不動の地位を誇る、そんな当り役となった。

 

確かに、色々と思うところはある。ナレーション要素を削ったことで邦画特有の「全てを台詞で説明する」性格は加速したし、限定じゃんけんでは見所であるはずの買い占めをオールカット。鉄骨渡りでは人生の真髄を悟るシーンをこれまたカットした。鉄骨から落ちていくCG合成のカットはやっぱりちょっとオマヌケだし、ラスボス格の兵藤会長はホームに入所した一般男性っぽい。2作目においても、全体的な語り口が鈍重でスマートさに欠ける。

 

しかし、香川照之が演じた利根川には原作にない「姑息に立ち回って出世してきた悪党」という魅力があったし(Eカードでその「立ち回り」の気付きを突かれる展開とも相性が良い)、何より、藤原竜也の知的かつ豪快な声質はカイジの思考パターンにぴったりであった。そして、2作目の伊勢谷友介による一条も最高に見応えがあった。「これはちょっと、うーん?」な思いもあるにはあるが、それを十二分に上回るくらい、私はこの実写映画シリーズが大好きなのだ。特に1作目など、もう何十回観たことだろう。

 

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そんな『カイジ』が、9年ぶりに帰ってくる。『カイジ ファイナルゲーム』。しかも、17歩でも和也編でもなく、原作者・福本伸行によるオリジナルストーリーと言うではないか。

 

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実は観る前から薄々嫌な予感はしていたのだが(詳しくは後述)、エンドロールが終わった後、私の心にあったのは「虚無」であった。

 

驚愕・・・!圧倒的虚無っ・・・!!中身が無いとはまさにこのこと・・・・・・っっ!!!!あろうことか・・・!!それはまるで『カイジ』によるカイジパロっ・・・!!!『カイジ』という作品の魅力がことごとく取り除かれている・・・!!繰り広げられるのはっ・・・・「カイジらしいなにか」・・・!!!圧倒的「カイジっぽいなにか」!!!ば、馬鹿な!!!悪魔的だっ・・・!!!くそっ!!くそっ・・・!!お前ら・・・!!

 

いや、胸を張れっ・・・!手痛く負けた時こそ・・・ 胸をっ・・・!!

 

まずもってオリジナルストーリーなのだから、お話の枠組みはいっそ「それなり」で構わない。「2020年の東京オリンピック後に日本は貧困大国へ突入していった」という導入にも色々と思うところがあるが、そこはもういい。極貧生活のはずなのに一般市民の服が妙に小奇麗なのも、この際構わない。相変わらずモブ集団のIQと倫理観が崩壊しているけども、まあそれも良しとしよう。関水渚が演じるヒロインが最初から最後まで見事に「居るためだけに居る」感じになってしまっているのも、まあ、まあ、まあ〜〜〜〜、良しとしよう。

 

もちろん、そういう部分が「出来ている」に越したことはない。とはいえ、「出来ていない」ならそれはそれで構わないのだ。そもそもの原作からして荒唐無稽な世界観なので(そこに筆圧で説得力を持たせるのだからすごい)、今更この手のツッコミは入れない。分かって観に行っている。承知の上だ。

 

『カイジ』の、それも実写映画シリーズならではの魅力はなにか。それは、「①知略と心理戦が行き来する手に汗握るギャンブル」「②それを取り巻く演者の仰々しい演技」、このふたつである。まず①があって、それをコーティングするように②がある。それでこその写映画シリーズだ。

 

原作にもあった、イカサマと騙し合いが交錯するEカードに、常識を超えた仕掛けと掛け合いで魅せるモンスターパチンコ・沼など、そこにはまず絶対的に①がある。これはもちろん、原作漫画のヒットがそのクオリティを保証している。そこに、映画ならではの②が加わる。ナレーションや福本漫画特有の演出が無い代わりに、藤原竜也が、香川照之が、伊勢谷友介が、とにかく顔面と演技で圧(お)す。脂汗を滲ませながら、全身の筋肉を震わせながら。とにかく「濃く」「仰々しく」立ち振る舞う。もはや失笑ギリギリの演技が『カイジ』だからこそ成立する。そんな唯一無二のバランス。

 

じゃあ今回の『ファイナルゲーム』がどうだったかというと、肝心要の①、これがもう残念極まりないのである。これが原作者考案とは・・・。福本漫画のファンとして、思わず目を覆いたくなる。

 

もっと突っ込んで分解していくと、『カイジ』における①、つまり「知略と心理戦が行き来する手に汗握るギャンブル」には、大きくふたつのパターンがある。ひとつは、「A:極限の状況下での気付きや閃きによる逆転」。あるいは、「B:常軌を逸した発想による大仕掛け」。分類すると、AがEカードや17歩、Bが限定ジャンケンの買い占め行為や地下チンチロだ。また、沼はBからAに移行していくハイブリッド型、とも表現できる。『カイジ』のギャンブルは、このどちらか、あるいはそれが合わさっているからこそ面白いのだ。Aはギャンブル漫画の王道アプローチとして、Bは犯罪計画の面白さや「コンゲーム」「コンフィデンスマン」といった要素にも近い。

 

では果たして、『ファイナルゲーム』にはAまたはB、あるいは両方があったのか。否っ・・・!!!圧倒的否っ・・・!!!!そこにあるのはAっぽいなにか・・・!!Bっぽいなにか・・・!!!ハイブリッドっぽいなにかっ・・・!!!!

 

(以下、ネタバレ込みで感想を記す)

 

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まず冒頭の「バベルの塔」は、まあこれは、導入部分のさらっとしたギャンブルなのでまだ良いでしょう。世界観説明のためのギミックだ。問題は、中盤に大きく尺を割く「最後の審判」。個人対個人の対決で、支援者の提供を含めた互いの総資産で競い合うゲーム。アプローチとしては完全にB(大仕掛け)タイプのギャンブルで、カイジが事前に仕込んだ策略がここぞという場面で炸裂する、そんな展開を期待してしまう。しかもご丁寧に、会場の見取り図まで手に入れて、何やら画策しているのではないか。「あの沼にような大胆かつ奇抜な発想で敵を追い込むのか!?」。

 

・・・そうワクワクするも、全くそんなことはない。いや、ひとつだけ、「時計職人の知り合いを抱き込んで会場の時計に仕掛けを施し、ゲーム終了時刻を誤認させる」という戦略はあったが、それは単にプレイ時間を確保するための保険的工作に過ぎない。肝心要の、「どうやって敵に勝つか」という部分への答えには全く足りていないのだ。

 

じゃあその「どうやって敵に勝つか」の部分がどう展開されたかというと、「ギャンブルの途中で抜け出して他のギャンブルで勝って追加資金を稼いでくる」というもの。へただなぁ、カイジくん・・・へたっぴ・・・。しかもその「他のギャンブル」も当てがある訳ではなく、その場になって初めて焦って周囲の賭場を走り回る始末。正気か・・・!? 例えるなら、「モンスターパチンコ・沼への必勝法、それは追加資金を他のギャンブルで稼ぐことだ!」と叫びながら周囲のルーレット台に駆け寄るようなものである。カイジ、お前・・・そんな・・・マジなのかお前・・・!!マジなのかよっ・・・!

 

そうやって向かった先にある「ドリームジャンプ」。10本のロープのうち1本だけが正解の身投げギャンブルで、9割の確率で転落死するというもの。それ自体は良い。一見運の要素だけで構築されていそうな戦いに「理」を見い出す、それこそがカイジだ。

 

しかしあろうことか、「電気系統を壊して前回のゲームから正解番号を変更できないようにする」って、お前・・・!マジなのかよカイジ!!おいカイジっ・・・!!まず電気系統の守り!!帝愛お膝元のギャンブル帝国なのにガードがひとりも居ない!!そもそも「操作できなければ前回と同じ正解番号」である情報はどこから入手できたのか。普通は毎回ランダムで決定されるシステムじゃないのか。

 

しかも極めつけは「その飛び降りゲームに賭けて遊んでいる富裕層のハズレ馬券をゴミ箱から漁って正解番号を推察する」って・・・!おい・・・!カイジっ・・・!!!か〜〜〜〜〜〜っ!!笑わせるなっ・・・!!そして正解は9番なのに仲間が「きゅう」 と叫んだ瞬間にサイレンが鳴って番号が分からない!「きゅうなのか? じゅうなのか? 『うー』と叫んだあの口の形はどっちだ? どっちなんだ?」ってそんなしょうもない二者択一を大真面目に繰り返すカイジ・・・!カイジ・・・!!!お前!!!!そ、そして・・・驚愕の・・・・番号を告げた仲間が普段からやっていた映画監督のような仕草・・・「キュー!」・・・それを手でやっていたら伝わった・・・・「俺は直前で番号を変えることが出来たんだ」・・・違うんだよカイジ・・・そんな・・・そんなシンプルな運(とも呼べないようなもの)で助かったのをさも策略かのようにドヤ顔で語るお前を見たくて映画館に来たんじゃないんだよカイジ・・・!!お前ってやつはっ・・・・・・!!!

 

そして、その「ドリームジャンプ」で得た資金をもとに「最後の審判」に勝利する。いやいや、「ひとつのギャンブルで勝つために途中で抜けて他のギャンブルで勝って元のギャンブルにもその賞金で勝つ」って、もうなんか色々と破綻しているのではないか・・・。観ている方もストレスですよ、普通に。

 

更にはダメ押しで登場する最後のギャンブル「ゴールドジャンケン」。金の卵を握ってグーで勝った者はその黄金を手にすることが出来る。そもそものルールが「勝つこと」なのか「黄金を得ること」なのかよく分からないゲームだと思って観ていたら、案の定、「お前はグーなら黄金を握ると思い込んでいるっ!」などと言って空のグーを出すカイジ。

 

・・・んんんん??? しかも対戦相手の福士蒼汰は、相手プレイヤーの黄金を握った時の肩の下がり具合や挙動からグー・チョキ・パーを推察する、このゲームのプロだと言うではないか。いや、それEカードの時の利根川だから!!利根川で一度知ってるからそれ!!しかも利根川はそれを言っておきながら敵の体温や動悸を計ってイカサマしていた二重の仕掛けなのに、福士蒼汰はそれが普通にお前の特技なのかよ!!しょぼすぎだろ!!!イカサマでもなんでもなくて普通にめっちゃゲームが上手いヤツじゃねぇか!!おい!!!もうこうなったらいっそ宇宙キテくれよ!!!

 

などとまあ、このように、ギャンブルのクオリティがつくづく残念なのである。A(瞬間の閃き)っぽいなにか。B(大仕掛け)っぽいなにか。そのハイブリッドっぽいなにか。「それらしい」やり取りだけが延々と交わされる。ただそれだけ。よって、①の「知略と心理戦が行き来する手に汗握るギャンブル」が完全に破綻してしまっている。そこに手に汗握る魅力はない。手はカラッカラ、乾いている。乾燥肌だ。

 

そうなると、②の「それを取り巻く演者の仰々しい演技」が、ただひたすらに「浮いて」くるのである。まるで中身の詰まっていないエビフライ。着こなせていない派手な洋服。ギャンブルの精度が低い「中身」を「仰々しくクセの強い演技」でコーティングすると、そこに生まれるのは必然、「虚無」である。

 

藤原竜也の圧力も、吉田鋼太郎の染み渡る味も、福士蒼汰の熱量も、その全てが見事にから回っていく。「カイジらしくないギャンブル」を「カイジらしい演技」で包むのだから、そりゃあ、「虚無」である。なんで・・・なんでこんな・・・。

 

もちろん、菅野祐悟によるお馴染みのテーマソングが流れれば、それなりにアガることはアガるのだ。ただそれは、ソースの匂いを嗅いで条件反射のように興奮しているだけで、重要なのはそのソースが何に「かかって」いるか、という点だ。知略も計画もない行き当たりばったりと運だらけのギャンブル。そしてそれをドヤ顔で解説していく仰々しい演技。無念である。 

 

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そして何より、これが原作者・福本伸行によるオリジナルゲームという事実が哀しい。実に哀しい。

 

もはや遠慮せずに書いてしまうが、やはり近年の福本漫画のクオリティには疑問を感じるところである。肝心の『カイジ』も、17歩に13冊を要した時点でやや如何なものかと思っていたが、その後の和也編やワンポーカー編、現在連載中の24億脱走編には、あの頃に覚えた緊迫感や作品への信頼感がどうしても足りない。 『アカギ』も、鷲巣麻雀が長いことそれ自体は構わないのだけど、地獄に行ったり配牌だけでかなりの尺を使ったりと、流石に顔をしかめてしまう展開が多かった。新連載『闇麻のマミヤ』も、主人公が本格的に出てくるまでがとにかく鈍重。ストーリーテリングとして本当にそれで良いのか、疑問が残る。

 

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今回の『カイジ ファイナルゲーム』は、確かに「福本漫画らしい」展開であった。悪い意味で、「(近年の)福本漫画らしい」。『トネガワ』や『ハンチョウ』といったスピンオフが面白いのは、原作それ自体がヒリヒリとした緊張感に満ちており、それとの落差がえげつないためである。原作が失速し、あろうことか本家本元がギャグ漫画であるスピンオフに迎合かのするような作りは、あってはならないのだ。

 

中間管理録トネガワ(9) (ヤンマガKCスペシャル)

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だからこそ今回の『ファイナルゲーム』には、事前の宣伝からして不安があった。予告編では、福本漫画ならではの「圧のある台詞」がわざわざ文字として踊る。前述のスピンオフ漫画のように、そういった、いわゆる「カイジ的」な部分を推す。宣伝が全般的に、そっちの方向性でまとめられていた。

 

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原作のそういった持ち味が魅力であることは重々承知しているが、それは受け手サイドが「すごい!なんて台詞だ!」とニヤつきながら震撼するから面白いのである。公式がそのノリに迎合して、「ほらほら圧のある台詞ですよ」と、そんなことをやっては興醒めも甚だしい。こちとら真剣に『カイジ』を楽しんでいるのだ。頼むから茶化さないでくれ。キンキンに冷えているのは俺の『カイジ』への熱量だよ。

 

長年をかけて積み上がってきた偉大なる作品世界、その他者を寄せ付けない孤高の作風を、あろうことか作者を抱き込んだ公式サイド自らが崩していく。「カイジっぽいギャンブル」を、「カイジっぽい演技」で、「カイジっぽい宣伝」を。ただその外面だけを利用したコンテンツ形成に、あろうことか創造主たる福本伸行が全面協力している。この残念さ。無念さ。近年の氏の作品に見られたズルズルの傾向、まるで作者自身がセルフパロをしているような薄い違和感が、『ファイナルゲーム』でもご丁寧に再現されてしまっている。

 

この作品は、福本伸行という私が敬愛する漫画家の、一種の断末魔なのかもしれない。あまりにその悲鳴は鈍く、心に響かないのだけど。

 

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