ジゴワットレポート

映画とか、特撮とか、その時感じたこととか。思いは言葉に。

感想『フラグタイム』 寄せては返す、波と恋心。出逢えたことから全ては始まった

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この歳になって思うのは、感覚が「狭く」なることが本当に怖い、ということだ。

 

若い頃、正確には大学生時代が全盛期だったが、あらゆる「気になるもの」に雑多に手を出していた。本屋に出向いては知らない漫画をジャケ買いし、レンタルCD屋で特集されているアルバムを借り、映画館でたまたま上映時刻と合致する作品を観る。しかし、働き出して家庭を持った今、そうした雑多な振る舞いをする余裕がない。圧倒的に足りないのは「時間」、そして「精神的余裕」である。

 

そうなると、自然と「既知のもの」だけを繰り返し味わうようになっていく。読んでいる雑誌は限られ、特定のアーティストの新曲だけを追い、シリーズものの映画を中心に追っていく。感覚は狭くなり、アンテナは低くなる。「そうなるのが怖い」「多くの視点と価値観を常に取り込みたい」と願うものの、中々どうして、うまくいかない。

 

だからこそ、「友人に付き合って観る映画」は貴重である。先日、年に数回のオタク仲間との集まりにおいて、その内のひとりが観たい映画に数人で付き合うことになった。「こういう機会こそが感覚を広げるのだ!行こうぜ!」と息巻いたものの、その作品は『フラグタイム』。女子高生ふたりがメイン、百合なアニメーション作品である。 

 

「フラグタイム」主題歌「fragile」

「フラグタイム」主題歌「fragile」

「フラグタイム」主題歌「fragile」

  • アーティスト: 森谷美鈴(CV:伊藤美来),村上遥(CV:宮本侑芽)
  • 出版社/メーカー: ポニーキャニオン
  • 発売日: 2019/11/20
  • メディア: CD
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この場末のブログを読んでくださっている好事家の方々はご承知のことと思うが、ある意味、私の普段の趣味領域からは最も遠いところにある作品。「行こうぜ!」とLINEのグループ会話で快諾したものの、改めてYouTubeで予告を観ると、体が震えてしまった。否、武者震いである。

 

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映画『フラグタイム』予告編

 

原作は単行本2冊で完結しているとのことだが、未読の状態。お恥ずかしながらアニメ畑には疎いもので、監督以下スタッフの方々の過去作もよく分からない。久々に、かなりの「真っ白」な鑑賞となった。

 

物語は、時を3分間だけ止める能力を持った女子高生・森谷さんの視点から始まる。原作でも同様の設定とのことだが、やはり「時間が止まる」描写は映像作品でこそ真価を発揮する。さっきまでイキイキと動いていた人や、舞い落ちる葉、それらがフッと静止する。この手の演出を映画館で観ると、客席も一体となって止まるのだ。誰一人物音を立てない、一瞬で培われる共通認識。静の臨場感である。

 

そんな森谷さんは、静止した時の中で同じクラスの村上さんのスカートをめくろうとするも、その村上さんが動き始めてしまう。「我が……止まった時の世界に……入門してくるとは………!!」。そんなDIO様の台詞が頭を過ぎったのはご愛敬だが、「止まった時の世界」という「ふたりだけの秘密」を彼女らが共有することになる、という筋書きである。

 

フラグタイム(1) (少年チャンピオン・コミックス・タップ!)

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  • 出版社/メーカー: 秋田書店
  • 発売日: 2014/03/07
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本作における「止まった時の世界」は、前述のように、森谷さん・村上さんだけの特別な約束として機能していく。

 

恋愛を扱った作品において重要なのは、「ふたりだけの秘密」、あるいは「約束」である。それは思い出のアイテムでも良いし、スポットでも、出来事でも構わない。互いにそれを共有することで結束が高まり、傾けば依存にも、拗れれば呪いにもなる。『フラグタイム』におけるそれは「時止め」であるため、彼女らの「秘密」「約束」は、その能力が発動される度に回数を重ねていく。ラブレターを交わすように、プレゼントを送り合うように。彼女たちに与えられた3分間という短い時間が、何よりの関係性の基盤として強化されていく。

 

面白いのは、彼女らがこの3分間をそう大したことに使わないことにある。誰かの命を救うとか、何か悪事を働くとか、そういうことはしない。一度、友人のピンチを救うために使用されたものの、大概が小さな悪戯である。そういった日常の延長線上に積み重なる「約束」は、だからこそ、気付かぬうちに彼女らの日常を蝕み始める。

 

静止した時の中で下着を見せ合い、時に肌を重ねる彼女たちは、その「約束」に各々の意味を込めていく。森谷さんは、そこに村上さんとのかけがえのない時間を見い出す。しかし村上さんは、その「約束」に何を求めていたのか。物語は、時止めを共有する相手の出現に戸惑う森谷さんサイドから幕を開けるも、次第に、村上さんの方にウェイトを置いていく。そして、各々が「約束」に込める意味、それがズレ始めていくのだ。

 

なぜ村上さんは静止した時の中で動けるのか。彼女は時を止めた世界で一体何をしたいのか。森谷さんの恋心を弄び応えるような仕草は、何を意図しているのか。

 

「そもそもなぜ森谷さんは時を止められるのか」といった前提を潔くカットし、「村上遥という人間」に注力して描く。というのもこの作品、上映時間は僅か59分である。そのため、非常に展開が速い。それも、「スピードが速い」のではなく、「構成が洗練されている」タイプ。「村上遥という人間」をガッツリと描くために、細かなカットバックで時系列を弄ったり、モノローグをピンポイントで入れ込んだりしながら、お話を前に前に進めていく。観る側が「この村上さんという娘は、どういう人間なのだろう?」と疑念を抱く、そこに早々に誘導しながら、今度はふっと足を止める。焦らしがいじらしい。

 

中盤で明かされる、村上遥という人間の「真相」。それは実に普遍的な問題ながら、描写がややエキセントリックなため、まんまと虚をつかれてしまった。クラスの人気者で、誰からも好かれる村上さん。そんな彼女が抱える「地獄」。森谷さんを小悪魔的に引っ張っていたはずの村上さんの真相を前に、今度は森谷さんが、地獄から彼女を救うべく動く。なんとも王道な「キャッチボールな関係性」パターンである。百合な題材ながら、人間関係のドラマは実に王道で観やすい。

 

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また、随所で海の演出が繰り返されたのも良かった。実際に登場人物らが海に行くのではなく、イメージとしての海だ。冒頭から登場し、「なぜ海なのだろう」と首を傾げながら観ていると、その波の水滴がふっと静止する。時を止める能力の演出である。そして、3分後に波音が返す。そういった演出意図のための配置かと思いきや、海は中盤以降も何度も繰り返し登場する。時を止める能力を意味する砂時計、その砂とも相性の良い海は、もしかしたら「母なる海」という女性(母性)そのものを意味しているのかもしれない。

 

波は寄せては返し、やがて、時を止める「砂」をも濡らして取り込んでいく。静止した世界の中で3分間を数えることはできない、つまりは自意識そのものが能力ということが中盤で判明するが、その頃にはすっかり「海」というイメージに安心感を抱いてしまった。

 

途中、それこそ慣れない自分は百合な描写にドギマギしたものだが、非常に普遍的な「人付き合い」の物語として、予想よりはるかにカッチリと作られていた。村上さんの「真相」を追いかける形でのミステリーは、要は「相手を深く知ること」である。恋愛の、誰もが通る第一歩だ。最後に「なぜ村上さんは静止した時の中で動けたのか」に到達する流れを含め、実に綺麗な構造であった。59分というタイトさも良い。

 

些細な一歩だが、こうしてまたひとつ、感覚を広げることができた。なるほど、映画館で観る百合アニメーションとはこういうものなのか。友人に感謝である。

 

そして何より主題歌!俺たちのEvery Little Thing!『fragile』のカバー!こんなのズルいだろ!こちとらアラサーだぞ!!出逢えたことから全ては始まった!傷つけあう日もあるけども!「一緒にいたい」とそう思えることが!まだ知らない明日へと繋がっていくよ!!!!!くっそーーー!口ずさんじゃうだろ!!おいッ!!!!!Apple Music、サンキュー!!!!!!

 

fragile

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  • 森谷美鈴(CV:伊藤美来)&村上遥(CV:宮本侑芽)
  • アニメ
  • ¥255
  • provided courtesy of iTunes

 

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