ジゴワットレポート

映画とか、特撮とか、その時感じたこととか。思いは言葉に。

『ブルーピリオド』6巻に泣く

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帯の文句を借りるならば、「努力型リア充男子が絵を描く喜びにハマる!」漫画、それが『ブルーピリオド』である。作者は山口つばさ。愛聴しているラジオ番組でその存在を知って以降、新刊の発売を心から楽しみにしている。

 

前述の「努力型リア充男子」である主人公が、あるきっかけから東京藝術大学の受験を志す。美術部に入部し、予備校に通い、ハードな受験を経て。その合否が遂に出てしまうのが、11月に発売された最新の6巻。帯には大きく「合否、出る。」と書かれており、読む前から緊張が高まる。(表紙が森先輩なのも展開を踏まえると激アツ・・・!)

 

ブルーピリオド(6) (アフタヌーンKC)

ブルーピリオド(6) (アフタヌーンKC)

ブルーピリオド(6) (アフタヌーンKC)

 

 

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本作は、兎にも角にも主人公のキャラクター造形が良い。彼の存在が本作の何よりの象徴であり(主人公なので当たり前なのだが)、同時に、作品の語り口そのものを大きく左右している。

 

例えば1巻の冒頭、主人公・矢口八虎による以下のモノローグが印象深い。

 

最近 気付いたが

俺にとってテストの点を増やすのも 人付き合いを円滑にするのも

ノルマをクリアする楽しさに近い

クリアするためのコストは人より多くかけている

そして それが結果になっている

だけのことなのに

みんなが俺を褒めるたびに虚しくなる

この手ごたえのなさはなんなんだ

 

・山口つばさ『ブルーピリオド』1巻(講談社)一筆目「絵を描く悦びに目覚めてみた」

 

勉強も、コミュニケーションも、そのどれもにそれなりに努力する八虎。そして、その分だけ結果が出ている。しかし、そこにどうしても感じてしまう満たされなさ。報われなさ。「この感動は誰のものだ?」「これは俺の感動じゃない」。

 

そんなある日、彼は美術室で一枚の油絵を目にし、つい見惚れてしまう。更に、美術の授業の課題を経て、絵を描くことの喜びを知る。絵を通して好きなものを好きと表明する、その怖さと難しさ。段々と絵の世界にのめり込んでいく八虎は、程なくして、実質倍率200倍とされる東京藝術大学の受験を志すことになる。

 

ブルーピリオド(1) (アフタヌーンKC)

ブルーピリオド(1) (アフタヌーンKC)

 

 

そうして始まる「受験編」は、絵のことを全く知らない読者にその世界をレクチャーするように展開されていく。

 

東京藝術大学をはじめとした、美大の世界。入試における倍率と必要な学費。絵のジャンルの違いや、それぞれに与えられた環境の差異。使う道具、向き合うキャンバス、技法の多彩さ。「絵」や「美術」といったセンス一辺倒にも思われかねない世界に存在する、途方もない理論の数々。読者は八虎と一緒になって、その世界を少しずつ学んでいく。

 

散りばめられたウンチクの数々が無理なくスーッと入ってくるため、これを読む前と後では絵の見方がガラッと変わってくるだろう。私も高校時代の芸術の授業は美術を選択したものだが、油絵の描き方をここまでじっくり考えたことはなかった。八虎という主人公が、前述のようにややロジカルな思考パターンを有しているため、巨大な「絵」の世界を彼なりに理屈で飲み込もうとしていく。その思考の過程、理解の順序が、転じて「読者への分かりやすい説明」として機能する。なんとも有機的な構成である。

 

遠近法とは何か。色とは何か。「名前は知っているけどしっかりとは説明できない」テクニックの数々が、味のあるキャラクターを通して語られていく。そして、それに毎回のように試行錯誤し、頭を捻らせる八虎。読者は自然と、「絵を理解しようと頭を捻らせる八虎」と「美術の世界を知ろうと頭を回転させる自分」を同一化させていく。そうすると、気づけば【主人公=読者】の刷り込みが実行されているのだ。

 

知らない世界を楽しもうと、知的好奇心をくすぐられながら『ブルーピリオド』を読み進める自分。それはまるで、絵の世界に段々とのめり込んでいく八虎そのものではないか。

 

だからこそ、八虎の苦悩は読者にもダイレクトに伝わってくる。ロジカル型の主人公のため、構図や色使いを考え抜いて絵を仕上げると、「自分がない」「思い切りが足りない」と言われてしまう。かといってエモーショナルだけに振り切ろうとするも、努力型の自分がそれを邪魔してくる。「天才型に憧れる天性の努力型」。美の世界に棲むマジモンの天才や奇人たちに心を惑わされながら、八虎は確実に枚数を重ねていく。

 

主人公が何を考え、どういう思考の結果、この「絵」に至ったのか。【主人公=読者】の色が濃いためか、演出が劇的だからか、それが手に取るように伝わってくる。そう、「今」の彼なら、きっとこういう絵を描くだろう。そういった「ここしかない」ポイントを突き詰めてくるため、彼が大作を完成させる度に、思わず心が震える。

 

「今」完成する絵には、「今」の八虎が抱える苦悩・志・葛藤・負けん気、その全てが封じ込められている。何よりの内面描写が、完成した絵としてページに現れる。そして当然のように、「今」は刻々と変化していく。

 

一枚、また一枚と、絵を描き続ける八虎。「好きなことに進路にできるか」「自分の好きとどう向き合うか」「他者からの視線との付き合い方」「自分を表現する技法の模索」。そういった普遍的な問題を「絵」を通して描く本作は、誰もが自分の「好き」を抑圧に負けずに発信する、すこぶる現代的な作品とも言えるだろう。

 

ちなみに、私が本作で一番好きなセリフは、「理論は感性の後ろに出来る道」。感性を絞り出してぶつけて、その繰り返しの末に、理論が出来上がる。どうしてもロジカルな思考に寄ってしまう八虎の、彼なりの絵との向き合い方を象徴するセリフだろう。

 

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そして最新6巻。ついに東京藝術大学の受験。予期せぬ体調不調に苦しめられながらも、八虎はこれまで学んできたその全てをキャンバスにぶつける。

 

展開を詳しく語るのは野暮なのだけど、これまでの話で積み上がってきた八虎の考え方(正確には「自分との向き合い方」)が、受験を通してこの上なく綺麗に収束していくのだ。あの出会いも、あの苦難も、あのトラブルも、全てが受験シーンの一点に結びつく。その構成に、思わず唸ってしまった。これまで彼が、何に悩んできたのか。何に飢えていたのか。その自意識の正体は何か。主人公はやっと、「自分」の真正面に立つ。すでに単行本数冊を経て【主人公=読者】が成立しているため、彼の思考は読者のそれと完全に同期している。

 

私も一介の漫画読みとして数え切れないほどの作品を読んできたが、「一世一代の大勝負に臨む主人公」に自分の感情をここまで重ねたのは、生まれて初めてかもしれない。それほどまでに本作は、読者の感情を揺さぶる術に長けているのだ。時に叫ぶように、殴るように、撫でるように。そして、何度も何度も、首元に刃を突きつけるように。そうして、誰もが抱える「自己表現」の壁を読者に意識させながら、そこでもがく八虎とのシンクロを促す。

 

だからこそ、受験のクライマックスがお見事である。漫画を読んで味わうこの疲労感はなんだ。私は美大を受験してなんかいないのに、なぜこうも冷や汗が出てくるのだ。

 

ずっと

俺が凡人だから 自分に自信がないから

努力して戦略練ってやんなきゃって思ってた

でも コンプレックスの裏返しじゃなくって

“努力と戦略” は俺の武器だと思ってもいいの?

俺 ずっと自信がなかったよ いや 今でもね

俺だって自分の絵が誰より優れてるなんて思ってない

俺より上手い人なんかいっくらでもいる

でも でもさ

 

この世界の誰より

俺は

俺の絵に期待してる

 

・山口つばさ『ブルーピリオド』6巻(講談社)24筆目「色づき始めた自分」

 

「好きなこと」「興味のあること」、それについて努力することの難しさ。主人公・八虎を通して、読者は東京藝術大学の受験を疑似体験する。

 

するとどうだろう、「ピカソの絵の良さがわかんない」「俺でも描けそうじゃない?」などと心の何処かで思っていたはずなのに、今は八虎が描く絵、その色のひとつから説明できそうな気がする。いや、むしろ説明させて欲しい。この色には、こういう想いが込められているんだ。それを表現するために、この道具で、ああいう技法で、この色を作ったんだ。そう、熱弁したくなる。

 

試験の結果を待たず、受験の一幕だけで涙腺が緩んでしまった。八虎が魂を擦り減らすように絵を仕上げる、そこに同期した自分の感情の収まりがつかず、涙となって溢れ出るように。「この世界の誰より 俺は 俺の絵に期待してる」、この至高の演出といったら! ・・・いやぁ、漫画にこれほどまでに「持って行かれた」のは、久々であった。

 

努力と戦略。ロジカルとエモーショナル。そのどれもが絶妙なバランスで配置される『ブルーピリオド』はまるで、作中で八虎が描く絵、そのものなのだ。設計図が透けて見えるような、それでいて圧倒的に感情が込められた作品。絵を描きながら、漫画を読みながら、自意識の正体を探るように。

 

 

ブルーピリオド(1) (アフタヌーンコミックス)

ブルーピリオド(1) (アフタヌーンコミックス)

  • 作者:山口つばさ
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2017/12/22
  • メディア: Kindle版
 
ブルーピリオド(2) (アフタヌーンコミックス)

ブルーピリオド(2) (アフタヌーンコミックス)

  • 作者:山口つばさ
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2018/03/23
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彼女と彼女の猫 (アフタヌーンコミックス)

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