ジゴワットレポート

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感想『きみと、波にのれたら』 J-POPこそが、景色や匂いを伴って半生を彩る。美しい空気と呪詛を同時に放つ快作

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湯浅政明監督の長編作品をちゃんと鑑賞したのは、恥ずかしながらこれが初めてであった。

 

きっかけは、平日毎日聴いているラジオ番組『アフター6ジャンクション』で放送された、同監督をゲストに迎えての特集コーナー。映画館に行く度に予告映像は観ていたので、そのイメージを頭に入れながらラジオを聴く。監督ご本人なりの挑戦や、水の表現、アフレコ時のエピソードなど、中々どうして好奇心を刺激された。「時間が上手く調整できたらぜひ観よう」。そう思っていたところ、意外も早いタイミングで機会を持つことができた。公開から約一週遅れである。

 

小説 きみと、波にのれたら (小学館文庫)

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今だから白状してしまうと、私も予告映像等を観て、いわゆる「リア充映画」なイメージを抱いていた。ギャルな見た目の女子大生と、消防士の黒髪イケメン優男。ティーンのカップルが映画館で鑑賞して、その帰り道に彼氏が彼女に「俺はずっとお前のそばにいるからな」とか言いながらイチャつくような、そういう雑なイメージである。

 

しかし実際に観てみると、確かに正真正銘の「リア充映画」でありながら、どうしようもなく涙腺を刺激されてしまった。序盤で涙を流し、中盤で涙を流し、終盤でまたもや涙を流す。「ケッ!どうせ美男美女のイチャコラでしょ、はいはい!」みたいな感覚を心のどこかに置いていた自分を恥じるほどだ。これだから先入観というものはいけない。

 

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自分語りになってしまって恐縮なのだが、今は結婚し、子供もできて、家族で日々を過ごしている。嫁さんとの関係はカップルから次第に夫婦になり、家でも、子供中心のコミュニケーションが交わされる。だからこそ、本作の序盤、主人公・ひな子と彼氏である港が何気ない日々を過ごしていくカットバックのシーンは、ぐっと胸にくるものがあった。

 

私も今の嫁さんと付き合っている頃、恥ずかしい話だが、大なり小なりあんな感じだったのかもしれない。テレビや雑誌で良いスポットを見つければ、次の思考が自然と「ふたりで行ってみたい」になる。毎日がそれ以前よりちょっとだけ眩しくて、楽しくて、浮ついていく、あの言葉では表現しきれない感覚。どこに行ってもふたりの世界観がついて回る、とでも言うのか。もちろん、公衆の面前であからさまにベタベタするまではなかったが、こういうのは、行動よりもそこに流れている「空気」が物語るものだ。

 

何かのお店に入り、自然と繋いでいた手をほどき、それぞれ店内をぶらついたかと思えば、どちらかが「これが(相手に)似合うのでは?」と商品を手に取ってやってくる。途中で手が離れているのだけど、その実、精神的には繋いだままなのである(書いていて恥ずかしくなってきた・・・)。なんというか、そういう、今改めて振り返ると赤面でしかないような、恋人間に流れる、小さな小さな「空気」の積み重ね。そういったものが、本作『きみと、波にのれたら』ではとても繊細かつリアルに描かれている。

 

ただふたりがイチャついているだけではなく、そこに流れるふたりだけの「空気」の蓄積。それを確かに感じられる描写になっていて、観ていてどこかもどかしいような、懐かしいような、転じて、むしろ腹立たしいような。そういう、幾重にも屈折した感情を抱かせてくれる。

 

同時に、今はもうカップルではなく夫婦になってしまった自分。歳もアラサーになってしまった。もう自分は、この作品内で描かれたような「空気」を味わえる機会を、生涯持てないのだろう。それを痛感してしまい、どうしようもなく悔しさまで覚えてしまった。呪いのようなルサンチマンをはらんだ「空気」と、驚くほど(作中のふたりにとって)綺羅びやかな「空気」。その邪悪なまでのギャップ。心をズタズタにされながら、気づいたら涙を流している。むしろ、序盤のイチャイチャ展開に最も泣かされたかもしれない。

 

何より、声を担当する片寄涼太・川栄李奈の両名が歌う『Brand New Story』のシーン。この一連のくだりの破壊力といったら。キャストの発案によりふたり同時に歌うことになったというが、ただ歌うだけでなく、イチャつきながら、ふさけながら、互いの吐く息を読み合いながら、笑い声混じりに「一緒に」歌う。おそらくこのふたりは、ドライブに行っては一緒に『Brand New Story』を歌い、カラオケでも毎回必ず『Brand New Story』を歌っているのだろう。ふたりにとっての、大切な思い出の一曲なのだ。

 

Brand New Story

Brand New Story

  • GENERATIONS from EXILE TRIBE
  • J-Pop
  • ¥250
  • provided courtesy of iTunes

 

曲というのは不思議なもので、それを聴くと、当時の景色や空気、匂いまでもを思い出すことがある。この曲は当時付き合っていた恋人とよく聴いた。この曲は実家を離れた時にMDプレイヤーから流れていた。この曲は就活時の電車の中で耳にした。この曲は仕事の帰り道にため息をつきながら聴いていた。曲というものは、聴く人によって表情が異なるのだ。その人の半生を追随する形で。『Brand New Story』は、作中のふたりにとって、そういった意味での替えがたい一曲なのだろう。

 

ネットの感想を読んで回ると、「EXILE系のEDMなナンバーが(劇中設定における)懐メロ扱いなのは違和感がある」という声もあったが、その意見には全力で「待った!」をかけたい。EXILEを例に取るなら、TAKAHIROが加入して第二章と銘打たれたのが2006年。その後、『Lovers Again』『道』『SUMMER TIME LOVE』等のヒット曲をリリースしたのが2007年である。今から数えて、もう12年も前だ。

 

するとどうだろう、例えば今現在のティーン層にとって、EXILEのナンバーは十二分に「懐メロ」なのだ。むしろ、彼らにとってはAKBやEXILEこそが「懐メロ」であり、小学生の頃に皆でこぞって聴いていたのであろう。本作のGENERATIONS from EXILE TRIBEによるEDMなナンバーは、メインターゲットであろうティーン層にとっては十二分に「懐メロな曲調」なのだ。アラサーの私にとってはどちらかというと「新しめの曲」という印象があるが、これらを文化的血肉としてきた世代が、確実に台頭してきているのである。

 

というよりむしろ、曲調はもはや問題ではないのだ。メインのふたり、ひな子と港にとっては、『Brand New Story』こそが蓄積されていく「空気」そのもの。その事実だけに意味がある。曲自体が、カップルふたりにとっての、共通のアクセサリーなのだ。

 

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だからこそ、中盤に港が事故で亡くなってから、この『Brand New Story』の歌い出しが狂気に反転していく。ふたりだけのアクセサリーが、死者を呼び起こす召喚呪文として機能するのだ。愛がシームレスに呪いに変わっていく怖さ。水の中に現れた港は、端正な顔を水の揺らぎと共に歪ませながら、何度も何度もひな子の前に姿を現す。喪失感を埋めるように、ひな子もそれにのめり込んでいく。

 

水筒を持ち歩き、それに向かって会話をする。果てには、大きなビニール風船に水を入れて一緒にデートまで敢行する。第三者から見れば完全に気が狂ってしまった、狂気の行動である。ハートフルなリア充カップルのデートムービーが、一転して、ホラーとオカルトに包まれる。このびっくり水と寒気。再会できたふたりに「よかったね」と言える観客は、誰一人としていないのだ。皆、顔をしかめながらハラハラと動向を見守っていたことだろう。この関係が「幸せ」だとは、どうしても思えないからである。

 

そんな不安定な状態からの、未曾有のクライマックス。段々と、ふたりの関係の変化が作品のリアリティラインを変容させていく。「そんな馬鹿な」と口を開けてしまう終盤の展開は、それを説明する理屈はどこにも存在しないのに、不思議と飲み込めてしまう。結局、やっていることは実にシンプルなことなのだ。「気持ちの整理をどうつけるか」、それだけである。このたったひとつのゴールに向かっていることが常に明示されているので、リアリティラインが変容しようと、感情は迷子にならない。ギリギリの塩梅である。

 

「水の中にしか存在できない港は、ひな子と手を繋ぐことができない」。それが何度も何度も強調されてからの、クライマックスのあのシーン。サーフィンをする者が構える自然なフォームが、まさかの「繋ぐ」に結実する絶妙なカット。これを目にした瞬間、もうどうしようもなく涙が溢れてしまった。また、このクライマックスの一連のシーンも、エモーショナルに振りきらず、どちらかというと「愉快で楽しい」バランスで設計されている。大島ミチルによる広さを感じさせる前向きなメロディが、一大イベントを華々しく彩る。

 

そうして、このまま前向きで明るく終幕を迎えるのかな、と思わせておいて、最後の最後の「サプライズ」である。この瞬間、ここまでひな子を一度も泣き叫ばせていなかった、物語全体のクレバーな構造に気付く。感情とは、綺麗に整理をつけたと思っていても、突然ふとした瞬間にぶり返したりこみ上げたりするものだ。それこそがリアルだ。ひな子が「決壊」してしまう最後のシーンが、作品全体を上品にまとめ上げる。決して、明るく朗らかには「寄せ切らない」。このバランス。どうしようもなく上手い。

 

作品全体の構造としてはシンプルで、主人公・ひな子が抱えるミクロでパーソナルな問題を、長編アニメーションとしてマクロなスケールで展開したものだ。だからこそ、一見ファンタジーのように思えて、誰もが味わったことのある「気持ちの整理」に行き着く。誰だって、関係ないことはない。大切な思い出とどのように向き合うのか。次の波にどう接するのか。そういった、もはや普遍的すぎるメッセージに着陸していく。

 

ティーン層には、今まさに直面しているかもしれない「空気」のひとつの形として。私のような人間には、もう味わえない「空気」を呪詛のように投げつける物語として。どちらにせよ、それ自体が「いくつしむ」ものであることには変わりがない。

 

「そして季節がめぐるたび、増えてゆく思い出を、いつも胸に抱きながら」。『Brand New Story』の歌詞にあるように、季節と曲をリンクさせながら、オムレツやコーヒーの匂いと共に自分たちだけのアクセサリーにしていく。そんな身近な思い出に寄り添う、言うなれば、広義の人間賛歌な一作である。

 

アニメーションとしては、水の表現はもちろんのこと、オムレツを始めとする食べ物の描写や、縦横無尽にキャラクターに回り込むカメラワーク、的確に捉えていく消防士の職業人としての所作など、見どころが多くて実に眼福であった。声の演技も、特にひな子役の川栄李奈が素晴らしい。声優の仕事をもっと沢山受けていって欲しいと願う。

 

何より、これはぜひ嫁さんとふたりで観たい。Blu-rayが出たら買おうかな。

 

公式ビジュアルストーリーbook きみと、波にのれたら (コミックス単行本)

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Brand New Story(CD+DVD)

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