何より、『エンドゲーム』からまだ2ヶ月しか経っていないのが本当に信じられない。
ネタバレ厳禁な内容を受け、Twitterでは伏せ字ツイートが横行。次第に公式サイドが情報をどんどん公開し始め、それに連なってか、全世界の興行成績も破竹の勢いで伸び続ける。もはや数年前の伝説の祭り的な風格すらあるのに、まだたったの2ヶ月である。そんな馬鹿な。ピム粒子は使っていないはずだが・・・。
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MCU、ひいてはそれを製作するマーベルスタジオの胆力には、最新作を観る度に感服させられてきた。それは単に、作品の平均クオリティが高いとか、キャラクターの造形が綿密だとか、美術の精度が高いとか、そういう通り一遍なことではない。10年以上をかけてシリーズを継続・発展させる、その計画性と構成力。何よりこれに尽きるだろう。
『アイアンマン』に当時まだ汚れたイメージが拭えなかったロバート・ダウニー・Jrを起用し、そのイメージさえも作品の表現に引用してしまう。ヒーローの個別作品を少しずつ繋げ、まずは『アベンジャーズ』で一発決める。フェイズ2からは世界観を宇宙に広げ、これが後のサノス襲来への下地となり、新たなヒーローの参戦とアベンジャーズそのものの是非を問題提起として設定する。大きな戦いの後には『アントマン』のような小休止を配置し、皆がすでにオリジンを知っているスパイダーマンはそれをばっさりカットして参戦させる。ヒーロー同士の仲間割れを契機にファンの心を揺さぶっておいて、『インフィニティ・ウォー』では最悪の結末、『エンドゲーム』では思い入れを取り込んだ走馬灯を映像化する。
単に「面白い連作」を送り出すだけに飽き足らず、シリーズ全体のロードマップの上で、個々の作品にきっちりと役割を振り分ける。その「ただの続きもの」ではない病的なまでの作り込みに、全世界のファンが魅了されてきたのだ。
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その点、最新作『スパイダーマン:ファー・フロム・ホーム』も、マーベルスタジオの技巧が光る一作であった。
全世界のファンは、世界最大のお祭り『エンドゲーム』をすでに体感した。10年間を超える思い入れを背負ったヒーローが大集合し、壮絶な戦いが繰り広げられ、シリーズの看板であったトニー・スタークが死を迎える。スティーブはキャプテンを引退し、ソーはアスガルドの王を退く。不可逆性をこれでもかと突きつけた『エンドゲーム』を観た今、観客はどう感じ、何を求めているのか。このタイミングでスパイダーマンの最新作が公開されるにあたり、その作品に何を期待してしまうのか。MCUの計画性と構成力の高さは、今回、「観客の感情に先手を打つ」という形で発揮された。
以下、ネタバレに触れる形で感想を残す。
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トニーを失った世界。彼に見込まれてアベンジャーズに加入したピーターが主役を務めるとあらば、10人が10人期待するのは、「トニーの後を継いで戦うピーター」の背中だ。
実際、予告もストーリーもその展開を推しており、作中のピーターも、その重圧に押し潰されそうになる。そんなこんな色々あって、ピーターはトニーの意思を継ぎつつも、決して真似をするフォロワーではなく、自らの信念とスタイルで次世代のヒーローに育っていく、という物語を、誰もがなんとなく想像してしまう。
実際に、物語の大枠はそのように進行する。スパイダーマン特有の、焦れったい恋模様や賑やかな学生生活を描きながら、ピーターは、トニーが遺したあまりに大きなプレッシャーに悩まされる。
しかし、中盤から話の構造が一変。異世界から現れたとされる新ヒーロー・ミステリオが、実は超映像技術によって作られた偽りの存在であったことが明かされる。ドローンを使って映像を実景に映し出し、電磁パルスを発生させ、いるはずのない怪物を登場させる。「家族の仇だ!」と威勢よく戦うやけに人の良いオジサンは、最高に胡散臭いペテン師だったのである。
この展開によって、観客は、まるで背中から撃たれたような感覚を抱くのだ。10年以上もMCUを追いかけ、あんなヒーローも、こんなヒーローも、スクリーンで目撃してきた。その戦いに拳を握り、涙を流してきた。つい2ヶ月前の『エンドゲーム』はその集大成であり、スタジオから「シリーズを愛してくれてありがとう」「ヒーローを応援してくれてありがとう」という感謝が絶え間なく発信された。
その2ヶ月後、今まで笑っていた表情に急に影が落ち、「でもそのヒーローって全部作りものですから!」と冷たい口調で言い放たれる。そんなことはとうに理解した上でフィクションの大波に乗っていたのに、急に現実を突きつけてくるのである。ミステリオというキャラクターは、『エンドゲーム』の対極に位置するカウンターパンチな存在なのだ。
ミステリオは、我々がTwitterやInstagramで見慣れた、合成用の撮影スーツを着て劇中に現れる。トニー・スタークではなく、ロバート・ダウニー・Jrが着ていた、勇ましいヒーロースーツを重ねがけするための衣装。一気に舞台裏を見せられたような居心地の悪さは、そっくりそのまま、ピーターの戸惑いとシンクロしていく。『エンドゲーム』で熱が高まった観客に冷水をぶっかけるこの展開は、ピーターが指針を失って顔を強張らせるそれと非常に近い。
つまりは、劇中におけるトニー・スタークの死という喪失感を、メタフィクションぎりぎりのアプローチを通して、物語内だけでなく、現実の我々にまで擬似的に体験させるやり方である。トニー・スタークの死は、確かに哀しい。しかしそれは、言うなればフィルムの中のお話。でも、実はそのフィルムこそが嘘っぱちだとしたら。そんなものは誰かが作った紛い物だったとしたら。この足元がぐらつく感覚こそが、偉大なる鉄の男を失ったピーターのそれなのかもしれない。彼をアベンジャーズに誘い、導いてきた存在こそが、トニーだったからだ。
「ピーターがトニーの死を精神的に乗り越える」というプロットを、「ピーターが『観客に突きつけられた嘘という現実』を打倒する」に重ね合わせる。これにより、ピーターは物語内でヒーローとしてまたひとつ成長すると同時に、『エンドゲーム』で高ぶっって踊りだしていた観客の背中に定規を差し込むような、そんな役割を果たしている。「お祭りは終わりましたが、まだまだヒーローを信じていきましょうね」、と。
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「嘘は真実の影」とは東野圭吾原作の『新参者』シリーズのフレーズだが、今作『ファー・フロム・ホーム』は、真実を一層際立たせるために嘘を濃く描いた。
言うまでもなく、この場合の「真実」は、「ヒーローの実在性」である。ヒーローが活躍する世界観こそが、我々が映画館の入り口をくぐった後からは、間違いのない「真実」なのである。『エンドゲーム』の後を優しくフォローし、感傷に浸らせながら「よしよし」するような作品にも、いくらでもできただろう。しかしMCUは、そんな安易なアプローチは行わない。観客がそういった「よしよし」を求めていると分かっていながら、それを正面からはやらない。嘘を濃く描き、足元を不安定にさせ、それでもめげないピーターの決意を描く。「これからも、こうやって『真実』を牽引する存在がいますよ。安心してついてきてください」。その見事な感情の先回りには、空いた口が塞がらない。よくもまあ、やってくれる。
クライマックスの、縦横無尽に無数のドローンと渡り合うスパイダーマンは、実に見どころだらけだ。今作のスパイダーマンのアクションは、実写映画がもう二度もリブートされ、昨今ではPS4のゲームも話題になったが、その全てを超えてみせる!・・・といった気概を感じさせる。また、敵の魔術にも似た超映像技術を、スパイダーセンスの空間把握で打破する流れも天才的だ。オマヌケに見えてしまったニックこそも「嘘」だったというのが、これまた洒落が効いている。オチとして、痒いところに手が届きすぎだ。
もっといくらでも感動的に、感傷的に、彩ることができただろう。しかし、このタイミングでこそ、「ヒーロー映画」というジャンルのある種のタブーに踏み込む。こういったアプローチをきっちりやり抜けることこそが、MCUというシリーズの強さだろう。「面白かった」というよりは、「おみそれしました」が強い。そんな、見事な奇作であった。
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