ジゴワットレポート

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原作『遊戯王』のベストバウトは「遊戯vs人形」であるという主張について語らせて欲しい

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最近また『遊戯王』の原作を読み返していて。「俺の血と肉を作ってくれたコンテンツ」として、平成仮面ライダーとか『ウルトラビッグファイト』とか『鋼の錬金術師』とか『ビーストウォーズ』とか色々あるんですけど、間違いなく『遊戯王』もそのひとつなんですよ。これが無かったら今の自分は無い、というくらいに、半生をかけて愛好してきた作品。

 

数年前、まさかの続編である劇場版『THE DARK SIDE OF DIMENSIONS』が公開された際は、戦地に赴く心境で映画館に足を運び、無事に咽び泣いて帰ってきた訳ですが、やはりその原点たる原作は何度読んでも面白い。

 

そんな原作のベストバウト(最高の試合)は、ぶっちゃけ全部が全部ベストだと言ってしまいたいくらいではありますが、やはり私は、「遊戯vs人形」戦を推したいんですよ。これは本当に、『遊戯王』の面白さが詰まった一戦で。

 

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作中でも随一の人気シリーズ「バトルシティ編」は、神のカードをめぐる様々な駆け引きと、デュエルを通して描かれる因縁と友情の物語が見所な訳です。その中でも、オベリスクは海馬に託される形でバトルシティが幕を開ける前にその姿を見せ、ラーは決勝トーナメントを展開する重要なポジションとして満を持して登場する。つまり、バトルシティの「シティ」において最も印象深いのは、その合間に出てくるオシリスなんですね。

 

作者である高橋先生は怪獣映画がお好きとのことで、バトルシティにおける「大きなクリーチャーが街中に出現する」というイメージは、まさに怪獣映画から着想したものだと、以前何かのインタビューで述べられていて。バトルシティは決勝トーナメントになると飛行船に舞台を移してしまうのですが(これはこれでラー意識した舞台効果として最高!)、だからこそ、何の変哲もない街中にオシリスが登場するこのロケーションには、グッとくるものがある訳です。これぞ、高橋先生が狙ったワンダー!

 

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そして、高橋先生の作風として、「嘘のつき方が巧い」というのがあると感じていて。どういうことかというと、『遊戯王』に代表されるように、高橋作品って基本はロジカルなんですよ。ゲームのルールが明示されて、そのルール通りに戦い、相手の裏をかき、そして勝利する。作中の人間ドラマにおいても、細かな描写がしっかり布石になっているし、演出や奇抜なコマ割りにも理屈が積み重なっている。

 

一方で、「勢い」「演出」「ハッタリ」でロジカルさやルールをすっ飛ばす場面もあって、でもそれは、読んでいる方は往々にして見事に「流されて」いて気づかない。ロジカルに対する、エモーショナル。時に理屈を上回る「流れ」。そういったものまで意図して積み上げられるからこそ、高橋作品は強い訳です。

 

この「遊戯vs人形」で挙げるなら、最大の「ロジカルさ」のポイントは、オシリスを中心としたマリクのゴッド・ファイブのコンボを、遊戯が逆手に取って攻略するところにある。

 

手札の数だけ攻撃力を増す神のカード『オシリスの天空竜』をサポートするように、再生能力を持つ『リバイバルスライム』と、それを効果的に発動させる『ディフェンド・スライム』、再生により手札を増強させる『生還の宝札』と、手札制限を撤廃する『無限の手札』。この5枚で完成するマリクの無限コンボを前に、遊戯はキーカード『洗脳(ブレイン・コントロール)』で『リバイバルスライム』を自身のフィールドにて再生。自動発動するオシリスの召雷弾でスライムを無限に破壊→再生させ、『生還の宝札』で無限ドローを誘発、遂には相手の山札を尽きさせる。「山札からカードを引けなくなった者はゲームを続けることができない」。逆転の『洗脳』がここで初出ではない、既存カードだからこそ熱い!

 

何度読んでも、拍手喝采というか、鳥肌が立つんですよ。この勝ち方は。「敵の無敵と思われた戦略こそむしろ弱点である」という方法論は、ジャンプ漫画、ひいては少年漫画では鉄板な訳です。有名どころだと『ジョジョ』なんかこのパターンを何度も作中で炸裂させるからこそ面白くて、それは今や、バトル漫画、能力応酬モノのひとつの黄金パターンとも言える。

 

『遊戯王』が取り扱うカードゲームという題材は、このパターンととても相性が良く、同作がカード漫画でありながら見事なまでに少年漫画のど真ん中に鎮座しているのは、このパターンを徹底しているからなんですね。知略性とバトル漫画の融合という路線では、『魔少年ビーティー』の後継たり得る訳です。

 

魔少年ビーティー (集英社文庫―コミック版)

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その「知略性」、つまるところの「ロジカルさ」において、このオシリスの倒し方は『遊戯王』作中においてトップクラスに完成度が高い。おそらく、「手札の数だけ攻撃力を増す」というオシリスの設定と、「山札を尽きさせる」という勝ち方のゴールが先にあって、そこから逆算されたデュエルが展開される訳だけど、この流れに一切の無駄が無いんですよね。とにかく、ゴッド・ファイブというコンボがじわじわと完成していく恐怖感が見事で、読んでいる方も「こんなのに勝てる訳がない」と思わされてしまう。そこからの、ライバル・海馬の喝、そして逆転。これでアガらない訳がないんですよ。

 

面白いのは、オシリスがそれ単体ではそれほど強くないのかもしれない、というバランスの設定。ラーはちょっと別格として、オベリスクは効果発動までのコストが重いし、オシリスは攻めれば攻めるほど手札が減少して攻撃力が下がるリスクがある。「あれ、冷静に考えると、神のカードって意外と攻略可能なのでは?」。読者がほのかに感じるそんな予想を、作中のデュエリストたちは知略とセンスで裏切っていく訳です。

 

 

マリクに至っては、オシリスを中心としたガチガチのテーマデッキを組んでいて、様々なバリエーションを魅せることができる遊戯のデッキとは対照的。どこまでいっても「オシリスありき」のデッキ構成なんですね。だからこそ、強い。神のカードが持つコストやリスクを、デッキ構成そのものでカバーするマリク。遊戯は、その「構成」こそを討つ。美しい流れですよ、本当に。

 

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対する「嘘」の部分として、これはこの人形戦に限ったことじゃないんですけど、ちょくちょく理屈を演出のノリで上書きするシーンもあるのが面白い。

 

例えば序盤、遊戯は『マグネット・ウォーリアーβ』でダイレクトアタックが可能な機会をスルーしてしまっているし、後半、オシリスが『マジシャン・ガール』を撃破するくだりは、遊戯のターンをすっ飛ばして無理矢理に「次のターンの攻撃で〜」と場面が進行していく。もちろん、マリクのライフは『マグネット〜』の攻撃を受けていても尽きることは無かったし、オシリスの猛攻をかわしきれない遊戯にあのタイミングで為す術は無かった訳です。だからといって、ゲームという理屈の塊を描く作品において、演出力でそれをすっとばしてしまうのは、実に大胆な手法。このクレバーな判断と構成こそが、『遊戯王』の魅力だよなあ、と。

 

そして最大の「エモーショナルさ」は、最後のターン、『洗脳(ブレイン・コントロール)』を遊戯が一発で引き当てること。普通そんな、上手いこといかないんですよ。「はいはい漫画漫画」「ご都合主義乙」、って、言えてしまうかもしれないシーン。

 

でも、直前に海馬による喝があり、更には彼の「モクバ、よく見ておけ!真のデュエリストの可能性を!」という台詞が挟まる。これによって、演出的にアリになってしまうんですね。「そんな都合よく引ける訳がない」から、「遊戯ならここで引いてくれるはず」へ。読者の心理的動線を巧妙に誘導することで、ご都合主義を見事な演出にまで転化させる。こういうのが本当に好きなんですね。

 

似たところでいくと、漫画『デュエルマスターズ』の7巻、神殿編のラスト。白凰とギリギリのデュエルを展開する主人公・切札勝舞は、ここぞという場面でキーカードを引かねばならない状況に追い込まれる。奇跡を起こさなければ、このままでは、負けてしまう。本当にそんなことが出来るのかと、凍りつく勝舞。

 

デュエル・マスターズ 第7巻 (てんとう虫コミックス)

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そこで、これまで倒した敵やずっと応援してくれた仲間の声援を受け、そして、NACがこういう台詞を残す。「強いプレイヤーは、なにが出ても最高の状況を作り出せる。デッキを完全に理解し、次にどんなカードが出ても、展開を有利にするプレイングをするからだ。だから次に出るカードは、きっときみを救う……。だって、きみは…、強くなったんだから……」。そして、主人公は悟る訳です。「そうだよ、奇跡なんか、起こさなくていいんだ。ただ、引くだけでいい!」。これはもう、屈指の名場面なんですけど、まさに先の『遊戯王』人形戦と通ずるものがあると思うんです。そう、真のデュエリストは、「ただ引くだけでいい」のだ。

 

更に意味を重ねるならば、オシリスの無限コンボを破壊する展開は、「永遠性の否定」にも繋がるんですよね。これはまさに、『遊戯王』という作品の根幹にあるテーマ。深読みが過ぎるかもしれませんが、原作最終回における棺の中の『死者蘇生』と同じ、霊体である闇遊戯と現代を生きる遊戯の「永遠」は無いという帰結への前振りとも取れるのが好きなんです。無限など、永遠など、無い。だからこそ、出会いも別れも美しい。その人間賛歌。ここに『遊戯王』の醍醐味があるんですよね。

 

加えて、最初に触れた映画『THE DARK SIDE OF DIMENSIONS』において、表の遊戯がループコンボを使って敵を倒すシーンがあるんですよ。表の遊戯が、あの日の闇遊戯と似たような戦術を扱う。これで燃えない奴がいるのかよ、という。熱すぎるよ高橋先生ィ!

 

劇場版『遊☆戯☆王 THE DARK SIDE OF DIMENSIONS』 [Blu-ray]

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他にも、オシリスがシルクハットを攻撃する見開きページでの四隅において同じ方角でオシリスの攻撃が炸裂する絶妙のコマ構成であったり、遊戯が勝ちを収める最後のシーンではそれまでの入り組んだコマ割りから一転して見開き一枚で消滅するオシリスを描いていたり、演出が冴えに冴えてるのも大好きで。中盤の「相手のターンでも攻撃を仕掛けてくるモンスター!」「モンスターではない、神だ!」のやり取りも、殿堂入りですよこんなの。

 

もちろん、『遊戯王』のベストバウトは沢山あるんですよ。ひとつひとつ語りたいくらい。カードゲーム中心にシフトする前も名場面ばかり・・・!でもやっぱり、私はこの「遊戯vs人形」戦が大好きなんです。『遊戯王』の持つロジカルな面白さとエモーショナルな嘘。その魅力がこれでもかと詰め込まれている。当時これを読んだ時の痛快さは、未だに忘れません。

 

そして、この回が収録されている20巻。高橋先生の作者コメントも印象深いんです。「『遊☆戯☆王』のラストシーンは、すでに決めてあります。そのゴールまではまだ先が長いようですが、何とか無事にたどり着きたいと思います」。先生、最高のゴールでしたよ!ありがとうございます!!

 

遊戯王 1 (集英社文庫―コミック版)

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