ーーー東京から離れた地方、田舎の会社。末端管理職・結騎 了は、自らの理想を実現させるべく、所属部署の業務改善に取り組んでいた。しかし、結騎より年上となるある部下は、仕事へのこだわりが強く、数年にわたり、山のような帳票を全て電卓で計算していた。マイクロソフト社が提供する表計算ソフト「エクセル」を使用すれば、毎回のように半日を要するその仕事が一時間ほどで終わるのは明白であった。年功序列が根強い風土で、年上の部下との接し方に苦悩する結騎。このままでは、部署の改善は全うされない。意を決して提言するしかないのか。それは、結騎が末端管理職として生き残る、唯一の道だったーーー。
業 務 開 始 か ら 3 時 間 後
結騎「部下さん、すみません。ちょっといいでしょうか?」
部下「はい、なんですか?」
結騎「いつものその作業・・・。集めた帳票の数字を積算する、うちの部署でも大事な仕事ですけど。その作業、エクセルでやると何倍も速く終わるんです。前も一度お願いしましたけど、今度こそエクセルでやってみませんか?」
部下「いや、私はエクセルの操作が分からないので」
結騎「最初は誰でも分かりませんよ。当然です。自分が隣で教えます。頑張りましょう!」
部下「この時期、別のことをやる時間がありません。忙しいので」
結騎「いや、まあ、うん。はい。あのですね、それをエクセルで計算できれば、作業の所要時間がグッと短くなるんです。最初に少し頑張って覚えれば、その後は作業をやる度に、時間が確保できるんです。なので、長い目で見れば、忙しさが減りますよ」
部下「でも今は時間がありません」
結騎「必要なら、自分や他の人と協力して仕事を分散させましょう。時間を作れるよう、私が動きます」
部下「自分の仕事は自分でやりたいです。プライドがあるので」
結騎「私も一緒にやりますよ」
部下「いえ、自分の仕事なので」
結騎「部下さん、こういう伝え方は本当はしたくないのですが、これは仕事です。効率よくできる手段が目の前にあるのなら、そっちに移行していただかないと。そして、それを促して整えるのが私の仕事なんです」
部下「でも、エクセルというか、デジタルは間違えますよね。よく知りませんけど、計算式?みたいなものの、入力を間違えたりするんですよね?」
結騎「それはもちろん、間違いはあります。デジタルとはいえ、人がやることですから。ミスは起こります」
部下「その点、アナログは大丈夫なんです。目で確認できますから」
結騎「いや、あの、部下さん。アナログとかデジタルとか、対立するものじゃないんです。双方とも、ミスのリスクはあります。人がやることなので。全部が全部デジタルでもいけないし、逆も同じです」
部下「はい」
結騎「でも、ミスの可能性がどちらにもあるのなら、この帳票の積算については、作業効率が良い方法に移行していきましょうよ。エクセルの方が、記録も残せますから」
部下「あの、どうして、エクセルの方が作業効率がいいのですか?」
結騎「それは、電卓をずっと叩かなくて済むからです」
部下「それは正確ですか?」
結騎「もちろん、間違える可能性はあります。何度も言うように、人がやるので。それは電卓も同じですよね」
部下「電卓は目で数字を確認できます」
部下「あの、すみません、アナログを馬鹿にしないでください。私の仕事が駄目だという話ですか?」
結騎「いやいや、違います。そうじゃないんです。いつも山のような帳票を処理してくださって、めちゃくちゃ助かってます」
部下「ありがとうございます」
結騎「以前、帳票そのものを無くしてデータで数字を動かそうともしましたが、他部署やお客さんとの絡みもあり、実現できませんでした。でも、処理に関しては、うちの部署内の仕事なので」
部下「はい」
結騎「申し訳ないのですが、同じ勤務時間と同じ給料なら、私は立場上、あなたに可能な限り効率よく仕事をこなして貰わなくてはなりません。空いた時間で別の仕事をやってもらう、というより、今あなたが持っている仕事の質を高めることに使って欲しいんです」
部下「いや、時間の空きはありませんよ。忙しいので」
結騎「でも、前の時期より仕事量そのものは減りましたよね。私がそうしたので。それは、以前の面談の時にもお伝えしましたよね?」
部下「はい」
結騎「仕事量を減らしたのは、部下さんに、少しずつ仕事のやり方を変えていって欲しかったから、そうしたんです。空いた時間で、今やっている仕事がどうしたらもっと良いものになるか、検討や工夫をして欲しいんです」
部下「はい」
結騎「新しいことを覚えるのは、確かに、最初はちょっと大変です。だから、その時間を確保してもらおうと、量を少し調整したんです」
部下「はい」
結騎「なので、その一例としてエクセルを使って欲しいんです。パソコン自体は毎日起動させているじゃないか。部下さんはワードも使えるじゃないですか」
部下「はい、使えますね」
結騎「ワードまで使えれば、もう一息です。一緒に頑張りましょう、エクセル」
部下「すみません、やっぱり、今しばらくはちょっと忙しいんですよ」
結騎「今日の今日ということじゃないんです。じゃあ、明日、一時間でいいので、どこか時間もらえませんか? 何時でも大丈夫なので」
部下「難しいと思います」
結騎「・・・そんなにエクセルを触るのが嫌なのですか?」
部下「安心できないので」
結騎「安心」
部下「安心」
結騎「ごめんなさい、それは、具体的にはどういう安心ですか?」
部下「目で確認したいんです」
結騎「目で」
部下「目で」
結騎「はい。うん。はい。でも、自分も毎回そうなんですけど、計算結果というか、合計の値しか報告が上がってこないんですよ」
部下「はい、私が計算しているので」
結騎「今はそこまで必要じゃないので言ってませんけど、やっぱり個々の数字も拾えるに越したことはありませんよね」
部下「はい」
結騎「コロナもあるし、取引先の状況も急に変わるかもしれない。個々の数字も見られて、合計も分かる。計算も、計算式で速く出せる。そういうのが、エクセルで出来るんです」
部下「でもちゃんと確認しないと」
結騎「何を確認するんです?」
部下「帳票」
結騎「帳票」
部下「間違えたらどうするんですか?」
結騎「まあ、その、お気持ちは、分からないでも、ないのですが・・・。うーん。頑張ってみません? まずは数字を打ち込むところからでもいいので」
部下「ちなみに、そこからどうやって数字が出せるのですか?」
結騎「数字?」
部下「数字」
結騎「SUM関数のこと?」
部下「分かりません」
結騎「すみません」
部下「確認できないんじゃないですか?」
結騎「うん。はい。いえ。はい。電卓みたいに、ひとつひとつを目視で足し込んでいく訳では、ありませんけど」
部下「ほら」
結騎「ほら?」
部下「間違えそうじゃないですか」
結騎「・・・・・・・・・すみません。はい。分かりました。また今度、話しましょう」
部下「はい」
結騎「引き続き、よろしくお願いしますね」
部下「はい。任せてください」
結騎「アザッス!お願いしまッス!!!!」
ーーー東京から離れた地方、田舎の会社。末端管理職・結騎 了は、自らの理想を実現させるべく、所属部署の業務改善に取り組んでいた。しかし、結騎より年上となるある部下は、仕事へのこだわりが強く、数年にわたり、山のような帳票を全て電卓で計算していた。マイクロソフト社が提供する表計算ソフト「エクセル」を使用すれば、毎回のように半日を要するその仕事が一時間ほどで終わるのは明白であった。年功序列が根強い風土で、年上の部下との接し方に苦悩する結騎。このままでは、部署の改善は全うされない。意を決して提言するしかないのか。それは、結騎が末端管理職として生き残る、唯一の道だったーーー。
次回、『VLOOKUPなるか!#N/A!の裏切り』