ジゴワットレポート

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感想『アルキメデスの大戦』 二重の「負け戦」に挑む、数式のように美しい構成

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Twitterのタイムラインですこぶる評判が良かった『アルキメデスの大戦』。公開からはしばらく経っていたが、ちょうど出先で時間が合ったので、鑑賞することができた。

 

事前に予告映像をチェックしてから臨んだが、何より、ストーリーが抜群に面白い。「数学の天才が戦争を止めようとする」というあらすじに、もう十二分に心惹かれる訳ですよ。さすが三田紀房による原作。『ドラゴン桜』も『インベスターZ』も、切り口が秀逸なんですよね。既存の価値観や常識の虚を突いて、そこをグイグイ攻めてくる感じ。

 

アルキメデスの大戦 〜Main Title〜

アルキメデスの大戦 〜Main Title〜

アルキメデスの大戦 〜Main Title〜

 

 

本作は、菅田将暉演じる櫂直(かい・ただし)という主人公が、その天才的な数学のセンスと頭脳を使って、戦艦大和建造に関わる見積書を再計算する、という内容。

 

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舘ひろし演じる山本五十六が航空主兵論を唱え、空母の建造を主張する。戦場は今後空に移っていくはずだ、と。しかし海軍内では、依然として軍艦を支持する者が多い。そちらの派閥からは、後の大和となる巨大戦艦の案が提案される。

 

空母か、戦艦か。どちらかに決定が下される会議まで、残り二週間。そこで山本は、偶然出会った櫂直という青年に、巨大戦艦の見積書の再計算を依頼する。虚偽の見積書であれば、そこから糾弾し、案を取り下げさせようと言うのだ。「この空母より安く建造できる巨大戦艦などあり得ない」。櫂はその見積書に疑念を向けるが、当然、相手の派閥は再計算を阻止しようと動き出す・・・。

 

といった概要で、菅田将暉演じる主人公サイドは、「大和建造反対派」な訳ですね。こんな税金の無駄遣いはあり得ないし、何より、大和のあまりに巨大なその姿は、軍人や国民に仮初めの自信を抱かせてしまい、戦争に繋がってしまうだろう。大和の建造を止めることが、すなわち、日本国が戦争に走ってしまう流れへの「待った」にもなるのだと。

 

そんなふうに、「大和の建造を止める!」「戦争を起こさせない!」と息巻く主人公だが、これが結果としてどうなったかは、日本人なら誰もが知っている。大和は建造されるし、戦争は始まるし、そして、沈没からの敗戦だ。誰もが、この結果を当然のように承知している。すなわち、この物語の大まかな構造が分かった時点で、「負け戦」であることは明白なんですよね。ここが非常に面白い。

 

「負け戦」である物語を、いかに進め、着地させるのか。主人公たちには何らかの「勝ち」が用意されるのか。本作『アルキメデスの大戦』は、ここをしっかり計算し、全体を構築している。

 

以下、ネタバレに触れる形で感想を残す。

 

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まず、「結果はご存知ですね、負け戦ですよ」と言わんばかりに、冒頭約5分は沈没する大和のシーンから始まる。

 

山崎貴監督と白組による、圧巻のVFX。巨大な大和が、いかに空の敵と戦い、そして敗れていったか。黒煙を上げながら沈んでいく一部始終が、圧巻の映像で描かれる。と同時に、最初に「沈没する」という結論を提示するということは、作り手もまた「負け戦」の構造に自覚的であることが分かる。「この結果を前に、どう物語を紡ぐのだろう」。私の関心は、そちらに向いてばかりだった。

 

「結局大和は建造され、戦争は始まってしまう」。この周知のバッドエンドに突き進む主人公たちは、そっくりそのまま、「圧倒的な国力差があるにも関わらず米英との戦争に突入していく」当時の日本国と同じなのだ。史実も、物語も、どちらも「負け戦」が必至。

 

話は変わるが、『イミテーション・ゲーム / エニグマと天才数学者の秘密』という映画がある。主演はベネディクト・カンバーバッチで、日本公開は2015年。

 

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当時劇場で観てえらく感動した作品だ。というのも、この作品、物語の終盤で明かされる「ある事実」が、まるで劇中の暗号解読のように作品全体の構造を明らかにする構成を取っていて、それが非常に素晴らしかった。主人公が暗号を解読していくように、我々観客もまた、「物語」という暗号を解くことになるのだ。そして、その「解」がまた非常に切ない。

 

『アルキメデスの大戦』は、言うなれば、日本版『イミテーション・ゲーム』だ。暗号と数学、偏屈な天才と戦争、という要素やイメージが近いのもあるが、何よりその構成が巧い。『アルキメデスの大戦』が最後に辿り着く、「あの展開」。これを味わった時、作品全体がそこに向かって見事に構築されていたことが分かる。気持ちの良いカタルシス。まるで美しい数式。見事なまでの「解」。もちろん、そこに対応する「問い」は、「分かり切っている負け戦にどう着地を用意するのか」である。

 

映画を観た時点では原作未読だったのだが、あまりにもそれが面白かったので、帰宅するなり漫画アプリで原作の1巻を読んだ。

 

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するとどうだろう、まさに、前述の「数式」の素晴らしさが身に沁みる。

 

台詞やシチュエーションは、ほとんどがそっくりそのまま忠実に映画化されている。しかし、映画版における最大の変更点は、主人公の動機のひとつである「戦争を止めたい」を執拗に強調していることだ。明らかに、原作より強調されている。大和が完成してしまえば、軍人も、国民も、勘違いをしてしまう。仮初の士気を高めてしまう。そうして、圧倒的な国力差という現実を見ずに、戦争へ歩を進めてしまうだろう。菅田将暉演じる主人公は、これをあらゆるシチュエーションで度々主張していく。

 

しかしこれは、同時に、すでにこの時点で「戦艦大和が持つ強大な影響力」を主人公が承知していることに他ならない。戦争を止めるために大和建造を反対する者は、誰よりも、大和の影響力を分かっているのだ。言い換えれば、「大和の呪い」。菅田将暉が汗水たらして再計算に挑めば挑むほど、観客は、「大和の呪い」の強さと可能性を肌で実感していく。

 

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そしてそれが、最後の最後でひっくり返るのだ。

 

決定会議において、巨大戦艦の見積書における虚偽、更には構造的な欠陥が明らかになった。「大和建造を未然に防いだ!」「やった!勝ちだ!」。物語はそのルートに進んでいくが、観客はそのまま終わる訳がないことを知っている。もう上映時間も少ない。ここから、どうやって「負け」てしまうのか。

 

戦いのあと、巨大戦艦を設計した、敵であるはずの平山造船中将から呼び出された主人公。そして、「共に大和を造ろうではないか」という悪魔の誘いを受ける。「そんな訳あるはずない」と鼻で笑う主人公だったが、平山造船中将は、その真意を語り始める。

 

日本は、大和があろうがなかろうが、どの道戦争に突入してしまうだろう。その時、軍や国民に大きな影響力を持つ巨大戦艦が沈められたら、その時こそ、日本人は目を覚ましてくれるかもしれない。ダメージが回避できないのなら、それをせめて少なく留めたい。「大和の呪い」を有するこの戦艦なら、その役目をやり遂げられるはずだ。

 

「大和の呪い」を恐れていたのは誰か。「大和の呪い」をあえて活用しようとしていたのは誰か。主人公が「戦争を止めたい!」と執拗に叫ぶ、それこそが、「大和の呪い」にこれでもかと説得力を与えていた。本当に戦争が回避できないのであれば、ずっと反対してきたその理由こそが、一気に「希望」に反転する。大和こそ、どん底の中に咲く「希望」だとしたら。この悪魔の発想に、なんと主人公は乗ってしまうのだ。

 

かくして、大和は建造される。我々の知っている史実は、間違いなくこの後に起きてしまう。そんなクライマックスを観ながら、この傲慢とも言える選択を主人公が下してしまう、その一点に向けて、映画全体が構成されていた事実に気づく。

 

冒頭で大和沈没シーンを大迫力で描き、構造的な「負け戦」であることを印象付ける。主人公には「戦争を止める!」と何度も叫ばせ、大和の影響力を強調する。分かり切っている「解」への、緻密な計算過程。そのクレバーさが、とにかく痛快なのだ。

 

しかも、輪をかけてひどいのは、そんな主人公の悪魔の選択すら史実は救済してくれないという点にある。大和が沈んでも、日本は原爆を二度落とされるまで突き進んでしまった。彼らの決断は、どの観点からも報われない。日本国は最悪の結果に向かっていく。それを観客が分かっていることを、作り手もちゃんと分かった上で、ラストシーンを撮っていく。夕日と大和。まるで国そのもののような巨大戦艦。冒頭の沈没シーンと対を成すセレモニー。華々しい大和は、近い将来、血塗られるのだ。

 

こういった、「数式」のように美しい構成の妙。ここが本当に素晴らしかった。好きな要素は他にも沢山あるが、何よりこれに尽きる。

 

冒頭の大和沈没シーンは原作に無く、映画で改めて挿入されている。ただVFXを見せつけるだけでなく、「沈没という結果を描く」、それも、「冒頭で描く」ことに、しっかりと構成上の意味がある。大和という戦艦の名前も、原作では1話から出てくるのに、映画では満を持してクライマックスでの初出。「日本を象徴する名」、それを印象づけるかのように。こういうのが大好きなんですよ。

 

あと、特撮好きとしては、菅田将暉の演技にどうしても『仮面ライダーダブル』のフィリップを感じてしまった・・・。

 

ストーリーも、「君は知っているかい、この戦艦の美しさを」→「悪魔と相乗りする勇気、あるかな?」→「さあ、お前の罪を数えろ」、なんですよね。期せずして悪魔の誕生に立ち会ってしまった魔性の天才。演技プランとしては、時代設定か『帝一の國』も同時に活きていて、非常に良かったですね。

 

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そして、佐藤直紀によるこのメインテーマですよ。これがまたすごく良い。

 

細かな数式や理屈を思わせる、三拍子の独特なリズム。三拍子ということは、指揮する際に三角形を描くので、形としても美しい。そんな、細かな三角形が止めどなく積み重なった後に、重厚で流れるような伸ばしたメロディーがそれらを覆い隠していくんですね。次第に、そっちの方がボリュームが大きくなってしまう。

 

アルキメデスの大戦 ~Main Title~

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  • 佐藤直紀
  • サウンドトラック
  • ¥200
  • provided courtesy of iTunes

 

数学の天才・主人公が持つ「理」は、戦争という状況や国の運命という、もっと大きな「理」に飲み込まれていく。次第に、後者の「理」は重く低く、雄大に、そして沈むように奏でられる。映画音楽って、こういう物語との符合が感じられた際に、グッとくるんですよね。

 

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