ジゴワットレポート

映画とか、特撮とか、その時思ったこととか。

Twitterの「公式アカウントにリプライする」という行為に思うこと

FOLLOW ME 

Twitterに登録したのは2010年なので、もう8年もこのSNSを利用していることになる。もはや情報収集の要として、欠かせないサービスだ。

 

移転前のブログにも書いたことがあったが、Twitterを利用するようになってから、ブラウザのブックマーク機能を使わなくなった。

映画もアニメもドラマも、公式アカウントをフォローしておけば最新情報が自動的にTLに流れてくる。わざわざブックマークを日課のように上から下まで巡回し、「NEW」「NEWS」のページを確認・・・ という作業は要らなくなった。

 

自分だけのTLを構築すればそれが何よりも素晴らしいRSSであり、「趣味が近い人」「嗜好が似ている人」をフォローすればその人がRTしてくれた情報も手に入る。キュレーションサイトを巡回する必要も無くなり、ただTwitterのTLを追っていけば必要な情報のほとんどを拾えるようになった。

 

Twitter

 

「Twitter中毒」と言われても全く否定できないくらいに、毎日必ずTLを開いている。言うまでもなく、自分でもツイートする。

ブログの記事を更新したら必ずTwitterにもシェアしているし、そっちで何百もRTされて拡散されることもある。もちろん、ブログのPVという観点でいくとSNSでの拡散は検索流入には格段に劣るのだが、とはいえ、目に見えて自分の情報が広まっていくあの独特の高揚感は、代えがたい。

 

そんなこんなでTwitterに入り浸ってきた8年間、機能の変化と共にその土壌も変わってきたように感じる。

昔は、俗に言う「多段RT」という形式があったり(私は結構これを多用していた)、それに伴って、RTにも公式と非公式の概念が色濃かった。やがて、「引用リプライ」という引用先にも通知がいくように丸々とリンクを埋め込んだスタイルが公式から提供された。

 

そういう流れを見てきたからか、私の感覚での「リプライ」は、やはり言葉の意味での「返事をする」「応答する」というニュアンスだ。つまりは、「リプライを飛ばす」は「話しかける」とほぼイコール。

よって、「引用リプライ」が定着した今でも、ある程度交友がある相手じゃないと引用するのは気が引けてしまう。初対面の相手にいきなり「話しかける(=通知がいく)」ことになってしまうからだ。

 

なので、いわゆる「公式アカウントにリプライする」という行為に、ぶっちゃけ、得体の知れない感覚を抱いていた。

 

例えばアニメの番組公式アカウントでも良いし、ドラマでも良いし、もっと言えばYahoo!ニュースやらの報道系アカウントには顕著なのだけど、「公式アカウントにリプライするアカウント」というのは、とっても多い。

例としては、今日は甲子園100回大会の決勝があったので、その試合後のYahoo!ニュースの該当ツイートを見てみる。

 

 

実際に開いていただければ分かるように、沢山のリプライが付いている。

それぞれ見てみると、このニュースの内容に関する感想を自由に書き込んでいることが分かる。選手やチームに対する労いの言葉やエール、といった感じだ。

 

前述のように、私の肌感覚でぶっちゃけると、「Yahoo!ニュースのツイートにリプライする」という行為は、「Yahoo!ニュースの中の人(担当者)に話しかける」という印象が強い。どうしても、「リプライ=話しかける」という方程式が、頭から抜けないのだ。

しかしどうだろう、上のツイートの例でいくと、リプライを飛ばしている人たちにそういう感じは見受けられない。単に、そのニュースに対する感想を投稿しているに過ぎない。

 

これは、いわゆるBBSというか、ニュース速報板のような使われ方だ。

スレタイと本文にニュースの概要が記載されていて、詳しく読みたければリンクを辿って、>>2 以下のレスでは自由に感想が書き込まれ、意見交換が発生する。どこか懐かしい空気感が、よもやTwitterのリプライ欄で生まれている。

 

スポンサーリンク

     

スポンサーリンク

 

 

 

例えば私は仮面ライダーを毎週観ているが、こっちの方はもっとアレな感じだ。

番組放送直後の、次回予告ツイートを引用してみる。リプライ欄をご覧あれ。

 

 

Yahoo!ニュースのように感想が投稿されるというよりは、ネタの応酬や大喜利大会と化している。公式アカウントへのリプライは中の人相手に通知が飛ぶというのに、番組のキャプ画が怒涛の勢いで用いられ、また、リプライ欄がファンの交流の場としても成立している(おそらく初対面と思われるアカウント同士の会話が始まる、など)

 

前までは前述のように、「公式アカウントにリプライする」という行為に得体の知れない感覚を抱いていたが、「公式アカウントのリプライ欄が一種のBBSとして機能している」と捉えると、どこか飲み込める感じがする。

なるほど、BBSが衰退したSNS全盛期に、BBSの空気感が自然と形成されたのか、と。そこに「中の人」というか、アカウント運営者が存在するというパーソナルな感覚は乏しく、お題スロットに近いニュアンスで受け入れられているのかもしれない。

 

「BBS化するSNS」と書くとあまりにザックリな表現に思えるが、もはや「リプライ」に「話しかける」ニュアンスを感じ取る自分のような人間が、マイノリティになり果てているのだろうか。

しかし、試しにググってみると「公式アカにリプライ飛ばすマンをブロックする奴」というサービスを作った方もいるようで、(いきなりブロックはやや過激とはいえ)、その思いは私の抱く違和感と通底しているのだろう。

 

 

冒頭に書いたように、8年もひとつのサービスを利用していれば、その土壌はどんどん変化していく。私よりもっと古参で黎明期のTwitterを経験した人も、沢山いるはずだ。

 

だから、別にこの記事をもって「公式アカウントにリプライする人」にとやかく言いたい訳ではない。むしろ、同じような「得体の知れない感覚」を抱いている人からの共感が欲しい、というのが本音かもしれない。

んー、いや、「得体の知れない」とか言ってる時点でdis寄りになってしまうのかな、やはり。あまり「どっちがズレているか」のような二元論で語りたくはないのだけど。

 

そんなこんな言いつつも、私の生活に完全に組み込まれているTwitter。月額有料プランがあったら速攻で加入するので、何卒、無くならないでください。もうこれが無いと趣味の情報収集は成立しないので・・・。

 

この一冊で面白いほど人が集まるSNS文章術 (青春文庫)

この一冊で面白いほど人が集まるSNS文章術 (青春文庫)