ジゴワットレポート

映画とか、特撮とか、その時感じたこととか。思いは言葉に。

ブログ運営に関する質問、ぜんぶ答える【前編】

FOLLOW ME 

常日頃「ブログはいいぞ、楽しいぞ」と言っている私。ありがたくもブログ運営に関する質問を頂戴することが多く、可能な限り個別にお答えしてきました。

 

ただ、頂戴する質問が重複することも多々あったので、「それならいっそしっかり募集してみよう」と思い立ったのが先日のこと。おこがましい話ですが、それなりにブログを長く太く育ててきた自負だけはあるので、自分のアドバイスなんかで誰かの為になるのなら、と。

 

www.jigowatt121.com

 

大変嬉しいことに、非常に多くの質問をいただくことができました。ありがとうございます。こんな企画をブチ上げておいて質問が集まらなかったら大惨事でした・・・。本当に良かった・・・。

 

そんなこんなで、以下、いただいた「ブログ運営に関する質問」にお答えしていきます。分かりきっていることですが、これはあくまで私自身の主観的なブログ運営論や経験に基づいたもので、効果を保証するものでも約束するものでもありません。そこだけは、何卒ご了承ください。

 

とはいえ、実際に書いてみると、めちゃくちゃ長くなってしまいました。本稿だけでも1万字を超えている・・・。よって、【前編】【後編】と銘打って、2回に分割していきます。今回の【前編】は、まず『「文章を書く」ことに関する質問』『ブログの広報や読者に関する質問』にお答えします。

 

 

※今回「ブログ運営に関する質問」を募集しましたが、一部、それとは関係しない質問を頂戴しました。本稿の趣旨と異なるので回答は差し控えますが、いずれ何かの形でお答えしたいと思います。

※質問文には、一部加筆修正を加えております。

 

スポンサーリンク

 

 

 

§1 「文章を書く」ことに関する質問 

 

Q.このネタについて書きたい!と思った時に書き進めると、まとまりが無く主張がどこなのか分からない文章になってしまいます。何か記事を書く上で構成など、気をつけていることはありますでしょうか?(スポーンさん)

 

ブログ記事作成における「事前に構成を組む」行為には、善し悪しがあると考えています。

 

メリットは、「全体的なまとまりが取れる」「趣旨が一貫する」。デメリットは、「予定通りのものしか書けない」「書き手の熱が溢れ出るようなドライブ感が出にくい」。一長一短です。私の場合ですと、ドライブ感重視のためにあえて構成を考えない(打鍵しながら指の動くまま・考えが脱線するままに任せる)ことが多いです。

 

ただ、自分で言うの恐縮なのですが、ブロガー歴10年以上の経験の中で「事前に構成を組まずに書いても結果的にそれなりの構成が取れた文章が書ける」という側面があります。これはもう、自慢でも何でもなく、シンプルに「慣れ」です。部活で何年も練習したスポーツなら毎回フォームを気にせずとも「良いフォーム」でプレイができる、それと同じです。

 

なので、もし「まとまりの無く主張がどこなのか分からない文章」を気にされるのであれば、まずは「事前にしっかり構成を組む」ことから始めても良いかもしれません。私も以前は結構考えてやっていました。まあ、枝葉までガチガチに組むと本当にドライブ感が皆無になってしまうので、あくまで箇条書き程度に全体の流れを作る、とか。とはいえ、「文章がどこに行くのかわからない」という状態は一見ブレブレに思えますが、正真正銘「ドライブ感」の萌芽です。私も今でも「どこに行くか分からない」文章に翻弄されています。それが楽しいのです。

 

Q.構成をどれくらい考えてからブログを書いていますか? 頭の中でどれくらい構成を練ってから書き進めていきますか? あまり練らずに書いているので、書いているうちに「あそことあそこが繋がる」「こういう観点でも書きたい」というのが次々と出てきてしまい、散乱気味になってしまいます。(しゅーさん)

Q.書いてる途中で、「あれ? 自分の言いたかったことはこういうことじゃなかったはずなのになんでこうなった」ってなってしまうことが多いです。タイトルと言いたいことは最初に決めておけばいいんだろうと思うんですが、書き出さずにはなかなか決めれず…どうやってタイトルや記事の言いたいことを言語化されてますか?(たけとけたさん)

 

これも上の質問と近い部分があるのですが、「あそことあそこが繋がる」「こういう観点でも書きたい」「自分の言いたかったことはこういうことじゃなかったはず」は、間違いなく光明です。その道の先に、書き手のオリジナリティ(人柄や独自性)が眠っています。

 

最初からタイトルや結論をばっちり決めて書き始めても、箱の中に文章を納めてしまうだけです。ミニサイトでもキュレーションサイトでもなく、個人が運営するブログなのであれば、書き手の独自性が発揮された文章が、私は好きです。迷走どんと来い、とでも言いますか。要は「迷走」は「他人には辿れない道」ということです。

 

その前提の上でテクニック的なことを書くと、「書きたいままに書いて後で修正すれば良い」のです。論文の序論の書き方と一緒なのですが、まず仮の序論を書いて内容を展開し、辿り着いた結論と呼応するように序論を手直しする。私はよくこれと同じアプローチでブログを書いています。

 

まずは自分の好きなように、打鍵のままに文章を書き散らす。当初思っていなかった結論に辿り着いても、それが自身の中から捻り出されたものであれば尊重する。そして、結論に応じてタイトルや全体の構成を修正し、整える。言いたいことも、タイトルも、公開される記事の順番通りに作る必要はどこにも無いのです。


Q.文章力を身に付ける助けになったものがありましたら、教えてもらえると幸いです。(BIGBOYさん)

Q.文章を今のように豊かにするまでどういった勉強されましたか?(ぐっちさん)

 

特定の勉強をしたことは無いです。強いて言えば、とにかく沢山のインプットを意識することでしょうか。もちろんそれはブログだけでなく、映画の何気ない台詞に好きな言い回しがあったり、雑誌の紙面構成をブログ記事に応用してみたり、他人の話し方をテキストで真似てみたり・・・。引用元は生活の中に無限に転がっています。

 

あるいは、個人的なメンターとなるブログ運営者を見つけることかもしれません。私も中高生時代に足繁く通ったテキストサイトや個人ホームページがありました。彼らの文章の書き方、運営の方法、数々のアプローチが、今の自分のスタイルの大きな基盤になっています。こればっかりは、「善し悪し」ではなく「好み」の問題です。自分の琴線に触れるブログや書き手を見つけて、そこに込められたテクニックを観察する意識が大切です。

 

あと、私は自分のことを「文章力がある」とは思っていません。もし光栄にもそう見えているのであれば、それはシンプルに、「何年も書き続けてきたから」でしょう。

 

Q.ライティングゼミ的な文章を書く練習をする講座等に通われたことはありますか? 私事ではあるのですが、ブログを書く時のヒントになればと考え、3ヶ月間のライティングゼミに通っているところです。そこで毎回「リーダビリティが弱い」「好きな事を紹介する時に気持ちが先走り過ぎて読者メリットが弱くなっている」等、読み手を考えられていないことを指摘され「私は、自分の日記を公開する作業が好きだっただけなのかな…」と軽くへこんでいるところです。(だいさん)

 

まず、「日記を公開する作業が好き」なことは、誇るべきと考えます。原則として、自分の日記をオープンにすることはとても勇気がいることです。今時のネットなら尚更、公開したことで誰に何を言われるか分かったもんじゃありません。「それでも自分は書きたいんだ!」という想いそのものは、ぜひ大切にしてください。

 

私自身、ライティングの勉強をしたことはほとんど無いです。その手の本を数冊買って読んだこともありますが、あまり反映できていないかも・・・。何も複雑なことはなく、ライティングは「何度もやってみる」ことでしか成長できないと考えます。何度も書いて、繰り返し書いて。その上で、読み手から届く反応をもとに改善を繰り返す。泥臭くもこのサイクルしかありません。

 

上の質問でも近いことを書いたのですが、だいさんが作りたいブログは、「①ミニサイトやキュレーションサイトに類するもの」「②書き手のキャラクターが見える個人のブログ」のどちらでしょうか。①を目指すのであれば、いわゆる「いかがでしたかブログ」が一種の完成形です。文章の人柄を消し、不特定多数の読者に向けて「分かりやすさ」に全振りする。それはもはや、書き手のライティングといったアプローチを超えた、「作業」としてのテキスト構成です。

 

ただ、もし②を望むのであれば、大切なのは書き手の人柄です。他の誰でもない「だいさんが書いている」ことが最大の長所となる、そこを愚直だろうと目指していくのが正道です。読者メリットなんて、究極、知ったこっちゃないのです。まずは貴方が、貴方にしか書けない文章を書く。キーボードにぶちまける。読者メリットなんてものは、一度盛大にぶちまけたものを後からそれなりに修正して整えれば良いのです。

 

これを繰り返していけば、いつからかきっと、「整ったぶちまけ」が出来るようになります。

 

スポンサーリンク

 

 

 

Q.音楽の感想を中心としたブログを書いている者です。感想を記事にしようとしても「綺麗だった」「かっこいい」などの一言感想か「こんな歌詞がある」「こんな楽器を使っている」などの羅列しか書けないことが多くてもどかしく思っています。(もっと長く臨場感ある感想や、ここがこう素晴らしいというピンポイントな文が書きたい) 結騎さんは音楽の感想を考える・書くときはどのようなことを心がけてらっしゃいますか? また、音楽の知識がなくても感想を書くコツがあれば教えていただけると幸いです(しぎばさん)

 

ふたつ、方法があると考えます。

 

まずひとつは、文脈を辿るやり方。そのアーティストの来歴、作曲や作詞を担当した人の経歴、歌詞や曲調に込められたアーティスト個々の主張など、いわゆる「評論」のベクトルでまとめる方法です。これは得てして前置きが長くなってしまうのですが、全体の厚みは増します(善し悪しですね)。例えば米津玄師の『Lemon』であれば、彼のトラックメイカーとしての半生や過去のネットでの活動に触れつつ、その音楽性の特徴やポイントを並べ、じゃあ今回の『Lemon』にはそれらがどのように活かされているのか、と展開するパターンが正道でしょう。タイアップされたドラマ『アンナチュラル』の展開を踏まえるのも良いです。

 

もうひとつは、感情に振る方法。エモ全振り型です。「ここのメロディーが最高!」「ここのこの音がビンビンくる!」「最後のこの展開、フォ〜〜〜〜〜〜!!」といった感情を、とにかく思いのままに綴るやり方。「それらしさ」は文脈タイプに比べて劣るかもしれませんが、昨今のSNSの潮流からするとむしろバズりやすいのはこちらかもしれません。

 

言うまでもなくハイブリッドも可です。私はよく映画の感想を「文脈 7:エモ 3」くらいの割合で書きます。それが正しいか否かではなく、自分が一番書きやすいと思うのがこのバランスだからです。また、音楽の知識・・・ いわゆる楽典のようなものはともかく、そのアーティストのwebインタビューやメディア露出をしっかりと追っていく(インプットし続ける)ことは必要と考えます。

 

Q.過去の記事と同じような言い回しや比喩になっているなと感じた時、どのように回避されていますか? 勉強やインプットが常に必要であるとは理解していますが、ライブ感を大事にしたい、今ある知識で表現するしかないという時もあると思います。そんな時の工夫や利用しているものがあれば教えていただけるとうれしいです。(やうこさん)

 

これは、よくあります。自分で読み返した時に「オイィィィ!!同じパターンじゃねぇか!!」と突っ込んじゃうのは日常茶飯事です。同じ人が書いているのだから、当然なんですけどね。

 

まずひとつは、その「被り」をあえて個性として使ってしまうパターンです。「同じ言い回しや比喩」ではなく、「その人特有の言い回しや比喩パターン」に昇華させてしまうやり方。「自分がよく形容する○○のパターンですね」などと先に自分で言ってしまい、ご丁寧にその過去記事を再掲までしちゃいます。ずるいですねぇ。でも、「書き手のキャラクターの強化」という意味ではむしろプラスに働くのではないでしょうか。もちろん、「結果的に同じ比喩に辿り着いた場合」、ですが。

 

あるいは、一度寝かせることです。以前のものと近い言い回しや比喩が出てくる場合、おそらく、自分の中に閉じこもる感じでバーっと書いていると思われます。それ自体は全然構わないのですが、だからこそ、自分の手札として持っているカードしか切れません。そこで、一度書き終えた文章を寝かせて、GoogleやSNSで同じテーマについて書いている記事を検索して読み漁ります。「なるほどこの見方もあるのか」「これはちょっと自分の考えと違うな」。そういった、「内在する視点」を一度増やして、その上でもう一度記事作成に戻ります。

 

カードが一枚でも増えていれば、こっちのものです。

 

Q.一文が長くなりすぎていないか、読者に伝わりづらくなっていないか、客観的に判断するコツはありますか? 私は思い入れが強かったり、伝えたいことが多い場合、ついつい後から後から付け足してしまいがちです。概要を分かりやすく伝えつつ、ご自身の思いや感想もしっかり盛り込んだ記事にいつも感動しているので、その方法を学べればと思います。(やうこさん)

 

いやぁ、自分も大概ですよ・・・。くどい文章ばかり書いています。客観的な「伝わりやすさ」を求めるの、非常に難しいですよね。今でも、出来ていると胸を張れることの方が少ないです。

 

ただ、テクニック的なことを書いてしまうと、上までで何度も書いてきたことと同じです。思い入れが強い、伝えたいことが多い、結構じゃないですか。それこそがやうこさんにしか書けない、独自のドライブ感が効いた文章です。まずはそれを大切にするのが個人ブログの長所じゃないでしょうか。その上で、勢いのままに書き終えた後に、構成や枝葉を整える。言い回しがあまりにくどい場合は少しライザップさせたり、場合によっては段落ごと入れ替えたり。合間に画像を挟んで見た目の緩急を付けたり、強く主張したいポイントは文字を装飾したり。

 

「書き手のキャラクターや熱量が感じられる文章」と「客観的に読みやすい文章」は、二者択一ではないのです。両立できます。そしてそれは、両者が仲良く並んで座っているのではなく、イメージとしては「前者が後者の皮を被っている」のです。一見、読みやすく整理されている。しかしそれは後付けで「見え」が整えられたもの(それ自体は何の問題も無いと考えます)。身だしなみと一緒です。一皮剥いたら本性がホクホクと温まっている、そんな個人のテキストこそが、ブログの良さじゃないでしょうか。

 

Q.ブログの文を書いていて、「(文体が)くどい」と自分で思う時が多々あるのですが、どれくらいの馬鹿丁寧さ、ふざけ具合ならくどいと思われずに済みますかね?(刻馬さん)

 

「くどさ」は諸刃の剣ですよね。書き手のキャラクター性として強力な武器になることもあれば、ウザさに片足を突っ込んでしまう場合もあります。何とも難しいポイントです・・・。

 

「丁寧さ」と「ふざけ具合」のバランス、ということであれば、記事ごとに使い分けるのもひとつの手です。最初から最後まで馬鹿丁寧に書く記事もあれば、徹底してふざけ通す記事もある。そこまで割り切れば多少書きやすいかもしれません。

 

私の場合は、ベースは「丁寧さ」を心がけています。というのも、前述のように「文脈 7:エモ 3」のバランスで書くことが多いので、必然として丁寧さが求められてきます。文脈は、解釈はともかく、事実による記述も多いので。そこでふざける訳にもいきません。結果として、7:3のバランス(緩急)で「ふざけどころ」が登場する、という作りに落ち着きます。

 

こればっかりは書き手の好み(個々人が感じる居心地の良さ)によるところが大きいのですが、大切なのは、まずは読み手ではなく書き手の心情です。顔の見えない相手のことばかり考えるよりは、まずは、自分が気持ち良い文章を書いてください。読者のことを考えるのはその後でも可能ですし、「自分の気持ち良さ」こそが「そのブログの個性」です。

 

スポンサーリンク

 

 

 

§2 ブログの広報や読者に関する質問

 

Q.読者さんが増えたキッカケ何ですか?(うえさんさん)

 

はてなブログに越してきてからだと、やはりブクマが多くついた記事が「きっかけ」として挙げられるでしょうか。例えば以下のものだったり。

 

www.jigowatt121.com

www.jigowatt121.com

 

ただ、この場合の「読者が増えた」は、「はてなユーザーの読者登録者数が増えた」という意味に過ぎません。本当の意味での「読者」は、はてなIDを登録していない人も含めた、広大なネットを行き交う無限の人々です。その人たちが、検索から、SNSから、あるいは何かのきっかけでこのブログを知る。その積み重ね、蓄積こそが、本当の意味での「読者」だと考えています。

 

なので、バズなんてものは「きっかけ」という言葉以上でも以下でもありません。大切なのは、「想定する読者」(どんな属性の人に自分のブログの読者になって欲しいか)に向けた記事や広報を積み重ね、そこから入った人を「定着」させることです。「きっかけ」はそれ単体に過ぎず、続く記事がフックにならなければ読み手は離れます。そういう意味では、「特撮ドラマを観るような人に固定読者になって欲しい」という意図もあった『仮面ライダージオウ』の感想記事連載は、期待以上の効果を実感しました。

 

Q.体感で結構です。ご自分で「記事を書けば不特定多数の人から反響を得られる」と実感するまでにどれほどの期間が掛かりましたか? また、どれほどの投稿数を数えたときにその実感を得られましたか?(ナヲトさん)

 

うーん、今のブログとその前身ブログ(gooブログ時代)で言うと、最初からです。開設当初から、その手の実感はありました。もちろん、今の方が実感は強いですけどね。

 

それは、TwitterというSNSのツールがあったから。元々Twitterを長年やっていて、当時のフォロワーはまだ3桁くらいだったかな。前身ブログを開設した頃意識していたのは、「自分のタイムラインに馴染む記事を書くこと」です。普段のタイムラインで流れている会話やネタ、やり取りやニュースなどを、その層に向けて書いて、もちろんTwitterで記事更新を通知し続けました。当然、ある程度の反響はあります。話題が一緒なのですから、当然です。

 

昨今では度重なるGoogleのコアアップデートもあり、個人ブログは検索で読まれ辛くなってきました。そうなると、「反響をくれる程の読者」を検索から獲得するのは困難です。なので、ネットの潮流に素直に、SNSに根を張るのがトレンドだと考えます。ナヲトさんの「不特定多数の人から反響を得られる」の「反響」とは、何を意味していますか? その定義は何ですか? 今や、「反響」を「RT数」「いいね数」と置き換えても差し支えない時代になりました。

 

重要なのは「どれくらいの期間と労力を要すれば反響が得られるのか」ではなく、「どんな場所や導線に向けてアプローチすれば効果的に反響が得られるのか」です。究極、記事数などは関係ありません。

 

Q.わたしはブログを始めてもうすぐ2年経ちます。現状平均30PV/日程度で、記事を更新すると50にいくかいかないかという感じです。ちなみに読者数は65人です。今年は平均50PV/日になることが目標です。そこで結騎さまがブログを始めて2年くらいの時に、PVをアップさせるような工夫をしていたら教えてください。また、当時どのようなモチベーションでブログを書いていたか振り返ってもらえたりすると、とても興味があります。(ありひとさん)

 

ひとつ上の質問とも近い部分があるのですが、「2年続けてきた」という数字は、魔物です。それ自体の意味は大きいですが、反面、実はあまり意識してもしょうがなかったりします。

 

純然たる事実として、バスらせることが出来る人はブログ開設初日でもバスらせられるでしょう。そしてそういう人は、「類まれ無い才能に恵まれた人」か「人知れず地道な努力を積み重ねてきた人」、あるいはこれが一番多いのですが、「すでに何かしらのフィールドで数字を持っていた人」です。

 

「すでに何かしらのフィールドで数字を持っていた人」は、強いです。例えば、フォロワーが10のアカウントと1万のアカウント、同じブログを書いてシェアしても、後者の方が圧倒的に読まれます。当たり前です。あるいはテレビでブログを宣伝できる有名人。言うまでもなく強いです。インスタで活動するインフルエンサー。これも強力です。

 

もちろん、それを最初から求めるのは難しいのですが、考え方は応用できます。つまり、「ブログをブログだけで成長させる」こと自体が、実はもうジリ貧なのです。個人ブログ、もっと言えばテキストサイトがそれ単体で活躍していた時代は、とっくに終焉を迎えました。今や、SNS(この場合は「はてなブックマーク」を含む)を中心に「ブログ以外の数字」「ブログ以外の導線」と組み合わせることが生き残る術だと考えます。とはいえ、Twitterでは未だにメモ帳スクショ文化が生きていますし、オタク界隈ではふせったーの利用が絶えません。ある程度の長文そのものの需要は死んでいないのです。大切なのは、ハイブリッドの意識です。

 

話を質問に戻しますが、私が「開設から2年頃に意識していたこと」は、開設当初も、今も、変わりません。「どこに向けて何を書くのか」というアプローチの設定。それを常にアップデートしていく意識。これを何年もやってきただけです。「書きたいことをウケたい場に向けて書く」を、ただひたすらに考えてきました。モチベーションは、ブログのPVもそうですが、主にTwitterでの反応ですね。

 

スポンサーリンク

 

 

 

Q.「好き」を表現したりレポートしたりするブログを書いているのですが、そのブログを興味ある方に見つけてもらうにはどうしたらいいですか? ブログのアクセスアップで調べてもアフィリとか収入ありきのアクセス向上サイトしか見つからなくて、なかなかピンと来ません。また逆に自分も「好き」を表現しているブログを読んでモチベーション上げたり、好きなものを新規開拓しているのですが、なかなかそういったブログに出会えません。(グーグルで調べても出てくるのは「お役立ち系」ばかりで) そういったブログに出会うための検索、調べ方のコツも教えていただければ幸いです。(青嵐さん)

 

これも上と連続した内容になるのですが、ポイントはSNSです。「好き」に絞るならTwitterです。少なくとも2020年今現在の方法論としては、それが最も王道で正道でしょう。

 

前述のように、個人ブログの検索における評価は下がってきています。Googleはより専門性のある内容を上位に持っていきたいらしく、何の権威も無い個人のブログは立場が悪くなってきました(そのGoogleの目的が達成されているかについては思うところがあるのですが・・・)。だからこそ検索という果てしないフィールド相手には、年々アプローチが難しくなってきています。そのGoogleのアルゴリズムを逆手に取った「アフィリとか収入ありきのアクセス向上サイト」が跋扈しているのが現状です。

 

「好き」を表現する趣味性の高いブログであれば、Twitterは欠かせないツールと言えるでしょう。Twitterは一見すると無限に広がる海に見えて、多くの界隈が存在します。個人的にあまり好きな表現ではないのですが、「クラスタ」というやつです。「ブログをブログだけで成長させる」時代が終わった今、Twitterで積極的に自身の「好き」に該当するクラスタに属し、そこに記事を投下していく方法が有効です。もちろん、ブログの更新を通知するだけのアカウントなどもってのほかです。「そのアカウント」が、「ブログをやっていなくてもSNSで交流を持っている」状態で、「ブログ記事を投下」するのです。

 

だからこそ、よく「ブログ用Twitterアカウント」などと言って新規アカウントを作る人がいますが、その多くが「ブロガー同士の交流」「記事更新の通知」だけに終始しているのを残念に思います。これが許されるのは「ブログについて書くブログ」の場合だけです。

 

今や、「好き」が繁栄しているのは検索ではありません。SNSなのです。

 

Q.ブログを多くの人に見てもらうために、Twitterを使ってでどのように宣伝すればいいでしょうか。(メタレドさん)

 

「Twitterを使って宣伝する」だけに終始しないことです。

 

本人の狙いがブログのアクセスアップにあったとしても、それをそう見せず、「Twitterアカウントとしての交流」を大切にするのがポイントです。もしかしたらブログ以上に、Twitterをしっかりと呟く必要があるかもしれません。貴方だけに出来るツイートを、貴方のやり方で呟く。貴方というキャラクターをタイムラインに存在させる。それを積み重ねたら、「貴方と興味関心や考え方が近い人」との繋がりが出来てきます。そうして初めて、「記事の更新ツイート」が意味を持つのです。

 

「Twitterを使って宣伝する」というのは、「Twitterに記事の更新ツイートを投下する」という意味ではありません。「TwitterアカウントにPVをもたらせるだけの力をつけさせる」、です。例えるなら、「ずっとRTばかりしてその人なりのツイートをあまりしないアカウント」や「ブログの更新通知ばかりを流すBOTのようなアカウント」は、この場合の「力」を持っていないと言わざるを得ません。


Q.はてなブログに限った話ですが、ブログの読者になってくれた人や記事にスターをつけてくれた人にはどのような対応をすればよろしいのでしょうか。(メタレドさん)

 

特段、何かしらの対応を意識する必要は無いと思います。あまりに馴れ合うと、それはいわゆる「互助会」の基にしかなりません。「読んでもらうために読む」「スターやブクマをもらうためにスターやブクマをつける」関係は、ブログに何の成長ももたらしません。むしろ本質を見誤るルートに突入すると考えます。

 

ただ、読者登録をしてくれた人は、自分と近い価値観を持っている場合が多いです。無数にあるブログのうち、わざわざ自分のブログを購読してくれるのです。何かしら、その人の琴線に触れたはずなのです。だから私の場合は、読者登録してくれたブログは意識して訪問します。自分の「内在する視点」を増やせるチャンスだからです。そこから実際に読者登録を返すか否かというのは、また別の話ですけどね。

 

・・・といったところで、【前編】でした。ここまでの分量になるとは思っていなかったけど。うーん、我ながらちょっと長すぎたかも。個々の質問に答えるスタイルを取っていますが、言っている内容はかなり連続しているので、可能であれば通しで読んで欲しいです。

 

さて、続く【後編】では、『継続・モチベーションに関する質問 』『記事作成における注意・留意点に関する質問』『ネタ探し(インプット)に関する質問、その他』にお答えしていきます。

 

www.jigowatt121.com

 

読みたいことを、書けばいい。 人生が変わるシンプルな文章術

読みたいことを、書けばいい。 人生が変わるシンプルな文章術

  • 作者:田中 泰延
  • 出版社/メーカー: ダイヤモンド社
  • 発売日: 2019/06/13
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)
 
学びを結果に変えるアウトプット大全 (Sanctuary books)

学びを結果に変えるアウトプット大全 (Sanctuary books)

  • 作者:樺沢紫苑
  • 出版社/メーカー: サンクチュアリ出版
  • 発売日: 2018/08/03
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)