ジゴワットレポート

映画とか、特撮とか、その時感じたこととか。思いは言葉に。

2014年9月、聖域が侵された日

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MD世代である。

 

どれだけ気を配っても必ず絡んでしまうイヤホンケーブル。それとセットにして取り出すのは、ラベルに「MFS」と書かれたMDであることが多かった。もちろん自作、手書きのラベル。「MFS」は、なんのことはない、「My Favorite Song」である。オリジナルアルバムをそっくりそのままMDに録音するのではなく、特定の曲だけを抜き出して録音したい時。そんな場面で登場するのが、「MFS」シリーズである。最終的には30枚を超えていただろうか・・・。

 

この「MFS」シリーズは、私の・私による・私のための曲の集まりだ。ある意味、どんなオリジナルアルバムより「オリジナル」である。アーティストへの関心にもグラデーションがあるため、「①そのアーティストの曲はB面もアルバム曲も全部聴く」「②レンタルした後に通しで聴いてシングル曲を中心に気に入った曲のみを録音する」「③シングル曲のみを聴く」「④シングル曲の更に限られた数曲のみ」、というバリエーションが存在する。そのため、「MFS」には③あるいは④が多い傾向が生まれる。

 

そうなると、それは非常に雑多である。闇鍋のような構成だ。アニメのOPやキャラソンが流れたかと思えば、次にはドラマの主題歌、昔からそこそこ聴いているアーティストの新曲、ネットでふと出会ったよく知らないアーティストのアルバム曲、懐かしい特撮番組の挿入歌・・・。

 

他人とっては、何の脈略のない、凸凹な並び。しかしそれは、その時その時の私の関心の足跡なのである。だからこそ、誰よりも自分自身に「効く」。至高の「オリジナル」アルバムだ。

 

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ある種、それは「聖域」のように、自分だけが愛しむ大切なモノとして存在していた。「音楽の持ち歩き」が定着し始めた世代の人間として、「MFS」シリーズは、コンパクトな宝箱にも等しかったのである。そして、それが枚数を重ねていく嬉しさ。ほのかな誇らしさ。時にはシャッフルして聴くのも良いだろう。それがどのタイミングで流れても、間違いなく「好き」なのだから。

 

そして、時代は「音楽=データ」に突入していく。大学生の頃、派遣のアルバイトで貯めたお金で買ったiPod shuffle。私の「聖域」作りはネクストレベルに突入した。iPodという小さなアイテムに、自分の音楽の好み、その全てを集約することができる。MDはどうしても枚数を持ち歩く必要があったが、iPodにはそれがない。だからこそ、膨大な音楽ライブラリそのものが新たな「聖域」として機能していく。私の「好き」だけがひたすらに詰め込まれた、誰のものでもない、私のための宝箱だ。

 

iPodのライブラリそのものを作り込んでいく作業に、私は熱中した。数百、数千と増えていく曲数。そして、それをシャッフルで流した時の快感。「うわ!この曲久しぶりだ!」「まさか電車でこの景色を眺めている時にこの曲が流れるとは!」「この曲の次にコレが流れる確率、すげぇな!」。そんな些細なことに喜びを覚えながら、CDをレンタルし、PCに取り込み、黙々とライブラリを充実させていった。

 

楽しいのは、「選べる」ことである。それは「MFS」の時と同じで、アーティストが提供したアルバム、その全てをそのまま受け取ることを強制されない。作り手への申し訳なさはありつつも、これとこれとこれだけ・・・ というつまみ食いが出来てしまう。その自由度。オリジナリティ。自分だけのライブラリを構築する喜びは、どうしようもなくコレクター精神をくすぐるのだ。

 

その喜びは、容量を求めてiPod classicに移行し、iTunesで音楽のデータ購入が一般化するにつれ、どんどん加速していった。アルバムのうち数曲だけを選んで買うだなんて、一昔前には考えられなかった。SNSで勧められたたった一曲のためにアルバム一枚をレンタルする、そんな行為から解放されたのだ。

 

好きなアーティストでも、そのアルバム全てをライブラリに入れている訳ではない。自分がハマったそれ以降のアルバムだけだったり、たまたま友人から借りた一枚だけだったり。でもそこには、「選ばない」という選択がある。自分の聖域たる音楽ライブラリには、現状、入っていない。もしかしたら、いつかの未来、参入するかもしれない。その可能性と自由度。ライブラリを構築する行為は、本当に楽しいのである。

 

映画好きがDVDやBlu-rayの棚を充実させるように。読書家が本棚を誇らしく眺めるように。音楽ライブラリは、自分が創り上げた唯一無二の拠り所になっていった。ここには、自分が「選んだ」最高で最強のナンバーしか詰まっていない。誰よりも私にとって、ドンピシャな環境である。時が経ち、音楽の管理・携帯がiPhoneに一本化されても、その楽しみが薄れることはなかった。「聖域」は、いつもポケットの中にあった。

 

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しかし、その日は訪れる。2014年9月。未だに、思い出すだけで心がざわついてしまう。

 

2014年のある日、目を覚ますとiTunesのライブラリになぜかU2のアルバムが勝手に入っている、という事態を5億人ほどの音楽ファンが体験した。「強制的無償ダウンロード」という手段を通じてAppleはアイルランドを代表するロックバンドの新作アルバム『Songs of Innocence』を当時の全iTunesユーザーに配信したのだ。iTunes Music Storeのリリース当時からこのメディアにおいて欠かせない存在であったU2とAppleの両者にとっていい話となるはずだった。「できる限りたくさんの人々に聴いてもらいたかった」とU2のマネージャーのガイ・オセアリー氏はローリングストーン誌に語った。音楽プロデューサーのジミー・アイオヴァイン氏は、この戦略の裏にある心理をこのように説明している。「ロックにはもはや時代精神と呼べるものがない。だからこそ、U2は慣習に逆らおうとした。そのためには、使えるものはすべて使うべきなんだ」。

さようなら、そして、ありがとうiTunesーー音楽をデジタル時代へと牽引したAppleの功績 (2019年6月8日) - エキサイトニュース(4/5)

 

「強制的無償ダウンロード」。こんな、こんなことがまかり通るのか。許されるのか。事態を把握した時の私は、おそらく、酷い顔をしていたことだろう。何年もかけて積み上げてきた関心の足跡。私の選択が世界のどこよりも尊重された聖域。そこに、いきなり土足で上がり込まれたのだ。

 

しかも、当初はそのアルバムを削除することすら出来なかった。ふざけるなと、憤ったのをよく覚えている。U2が世界的ロックバンドであること、それ自体は私の憤りに一切関係がない。その時の私は、U2の楽曲に「選ばない」という選択をしていた。それが、あろうことか踏みにじられたのである。U2よ、Appleよ、どうしてこんなことをするのだ。どうして。

 

「今の若者はU2を知らないなんて」「音楽との新しい出会いを楽しめないのか」「これに手を叩けない人はロックじゃない」「世界的アーティストのサプライズを素直に喜ぶべきでは」。

 

私のように憤る人たちに対し、ネットではこのような文言が飛び交った。私もTwitterでリプライが届き、同じように戒められた。いやいや、「そういうこと」じゃあないんですよ。出会いはこっちの人生が勝手にやるから。強制されるものじゃあない。U2の知名度も、貴方たちのロックも矜持も、こちとら知ったこっちゃない。なぜ「無償ダウンロードできる権利」ではなく「強制的無償ダウンロード」なのか。

 

もちろん、「容量を勝手に喰われた」ことへの憤りもあった。それに対して怒っている人もいた。でも私は、何よりも大切に創り上げてきた「聖域」が侵された、それ自体が残念でならなかった。Appleが後に削除方法を告知した際には、すぐさま飛びつき、実行したのを覚えている。

 

Songs of Innocence

Songs of Innocence

Songs of Innocence

  • アーティスト:U2
  • 出版社/メーカー: Interscope Records
  • 発売日: 2014/10/14
  • メディア: CD
 

 

「聖域」に選択しなかった楽曲が混入したこと。そしてそれは、AppleやU2が私のような「音楽の楽しみ方」を軽んじている、その証左でもあった。とてつもなく残念で、寂しい気持ちを味わってしまった。私の「音楽の楽しみ方」は、世界的企業や世界的アーティストにとっては、特に気にもしない、発想の中に無いものだったのだろうか。相手が傲慢なのか、私が狭量なのか。

 

程なくしてU2からの謝罪も行われ、前述のような削除の方法も広まり、事態は沈静していった。しかし私は5年が経った今でも、iPhoneのミュージックアプリに存在する「My Favorite Song」のプレイリストをタップする度に、この事件が頭をよぎるのだ。

 

本当に申し訳ないが、東の島国に生きるこのちっぽけな人間は、一生、根に持っていることだろう。侵すなかれ、侵すなかれ、と。私だけの聖域で起きた、私だけの災難なのだから。

 

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  • 作者:新井 信昭
  • 出版社/メーカー: 日本経済新聞出版社
  • 発売日: 2018/09/15
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)