映画『ジョーカー』が盛り上がっている。
一介の映画好きとして、同好の士で構成されたTwitterのタイムラインや、映画の感想を扱うブログを読み漁る日々を送っているが、ここ数日、『ジョーカー』のタイトルを目にしない日はない。もちろん、公開日からまだそう日が経っていないこともあるが、それにしても比較的語られている方だろう。
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— DC公式 (@dc_jp) October 10, 2019
早くも興行収入
<1⃣0⃣億円>突破🙌
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先週末公開を迎えた『#ジョーカー』が全米、日本を含む<世界66カ国>でNo.1を記録‼️
日本では、公開5日間で早くも興行収入10億円を突破‼️
リピート確実の声も挙がっており、口コミによるさらなるムーブメントが加速中🤡 pic.twitter.com/kdpiND8YEu
日本でも、公開から僅か5日で興行収入が10億円を突破するなど、流石の勢いである。第76回ヴェネツィア国際映画祭にて金獅子賞を獲得したことがエンタメ界隈で事前に大きく取り上げられていたので、期待値も高かったのだろう。
こういった話題作・大作が公開されると、SNSには感想や考察が飛び交い、無数のブログ記事がネット上に広がり、評論家や著名人のコメント、本国での評価も含めて、それらが一種のムーブメントを形成してく。もちろん、私が目にしているのは、私自身が作り・触れている環境の中で展開されたものだが、公開から数日間、そのムーブメントが次々と姿を変えていっているように感じられる。
この臨場感こそが、ロードショーの醍醐味だよなあ、と。
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公開前、及び公開直後は、陰鬱で苦しい映画という声が大きかったように思う。
この物語のどこをどう切り取るかは非常に難しい話なのだが、メインの軸である「社会の歪みがジョーカーを産み落とした」という部分に注目が集まっていたのではないだろうか。突然笑いだしてしまう病を患っていたアーサーは、仕事をクビになり、社会保障によるカウンセリングを打ち切られ、母の介護という現実を抱えながら、ゴミが溢れかえる街で狂気のピエロにその身を堕としていく。
満たされない承認欲求と貧困、多方からアーサーを取り囲んでいく「生き辛さ」は、現代人の誰もが抱える悩みとも言える。それは哀しいほどに普遍的なテーマだ。こうして私がブログの記事を書いている瞬間にも、職を失い、介護に精神をすり減らし、貧困に頭を抱えている人がいるのだ。「誰もがジョーカーになってしまうかもしれない」「誰の心の中にもジョーカーはいる」というフレーズは、そういった普遍的な「生き辛さ」に起因する。
だからこそ、例えば同種の「生き辛さ」をある程度感じている人、あるいはメンタルが不健康なタイミングにある人には、『ジョーカー』は勧め辛いのかもしれない。自分が味わっている「生き辛さ」をスクリーンに投影してしまえる、そんな力強さを持った作品でもあるからだ。
公開直後、そういったセンセーショナルな感想がSNSを中心に飛び交ったが、程なくして、その感想に対する反論のようなものが勢力を増していったように感じる。いや、「反論」とすると少し言葉が強いだろうか。「解釈の違い」「程度の問題」と言うべきか。「アーサーはアーサーだからこそジョーカーになったのだ。誰もがあんなふうになるなんて到底思えない」「そこに、ジョーカーを無意識に生み出してしまっている側の自意識はあるのか。寄り添うフリをした高みの見物ではないのか」「これは斬新な切り口でも何でもない。以前からずっと問題としては存在していた。今更これで盛り上がるのか」。
現代社会が抱える多種多様な「生き辛さ」。それを味わったからといって、拳銃を手に他人を撃ち殺す凶行にそう簡単に走るはずが無い。「誰もがジョーカーになってしまうかもしれない可能性」とまで言ってしまって、本当に良いのだろうか。それは誇大ではないのか。あるいは、それこそ恵まれた人間による傲慢な感想か。はたまた、今更こんな普遍的な「生き辛さ」に同情が集まるのは周回遅れか。
・・・そういった声が、初動の感想を受ける形で強まってきたように感じる。そして、ネットスラングで言うところの「無敵の人」という概念が近年広まっていた背景もあり、そこに絡めて語られることも多い。『ジョーカー』はゴッサムシティが舞台でありながら、そこにある諸問題は我々の実社会と重なるため、そこにどれだけの意味を見い出すかでどこまでも深く深く沈んでいけるのだろう。
もちろん、再三書いているように、これは私の個人的な観測範囲で起きた流れである。人によって体感した流れの詳細は異なるだろう。とはいえこうやって、公開中の映画に対する感想、そのムーブメント、流行り、論調、考察が波のように寄せては返していく様子は、眺めているだけで非常に面白い。これが積み重なって、意見が交わされ、後年にある一定の評価として語られることだろう。
また、本作は何かと関連する話題も尽きない。前述の金獅子賞についても、いわゆる「アメコミ映画」がそれを獲得したことによる歴史的な意義は、決して小さくないだろう。また、『スーサイド・スクワッド』でジョーカーを演じたジャレッド・レトのリアクションであったり、楽曲使用の是非に関する議論であったり、まさに作中のようなカオスの醸成を思わせる展開が続いていく。
ジャレッド・レト、ホアキン・フェニックス主演でジョーカーの映画が作られたことに「疎外された気持ち」「動揺」 https://t.co/B8NrfvY0ye pic.twitter.com/hdiI8L7bJ9
— IGN Japan (@IGNJapan) October 10, 2019
映画『ジョーカー』でゲイリー・グリッターの楽曲使用が物議、児童ポルノなどで有罪の過去 https://t.co/PDgfhmRHK1 pic.twitter.com/dxnHWnyT1z
— Billboard JAPAN (@Billboard_JAPAN) October 9, 2019
私もご多分に漏れず、以下のような感想記事をこのブログにアップした。これまたひとつの可能性の提示、解釈の例に過ぎないのだけど、私はこのように本作を飲み込んだつもりである。(Twitterで意外なまでに広まっていったのでちょっと驚いたけれど・・・)
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ひとつのニュースに関する反応には、それこそ波のように「流れ」がある。
直近であれば、大型台風の首都圏直撃を受けてダム等の公共工事への賞賛が集まったり、災害対策、避難所の利用における関心が非常に強いタイミングと言えるだろう。この時には、普段であればタイムラインで人知れず流れていきそうなツイートが驚くほど関心を集めたり、地方では日常的に起きている問題と同種のものにスポットライトが当たったりする。こればかりは「流れ」のタイミング、時勢なのだ。
新作映画の公開は、現象としてこれに近い。公開から約2週~1ヶ月ほどは、この「流れ」がネット上を駆け巡っていく。極端な意見が一気に注目を集めたり、後発でロジカルな長文考察が顔を出したり、寄せては返しながら作品に関する「なんとなく」の総合評価のようなものがふわふわと形成されていく。この一連の流れが、非常に面白いのである。
後年になって、動画配信サービスやディスクで初めて映画を観て、その当時のブログや感想サイトを検索して読んだとしても、この「流れ」を体感するのは相当難しい。ネットのログを漁りながら疑似体験はできるかもしれないが、「公開週末にSNSが盛り上がって」「こういう意見が大勢を占めて」「反論するようにああいった論調が高まって」「海外からはこういうニュースが届いて」「ついに興行成績がここまで届いて」といった一連の「流れ」は、やはりリアルタイムにこそ価値がある。
まるで数週に渡って行われるひとつの試合を体感するように、観客として、あるいは無数に存在する出場者のひとりとして、その「流れ」に身を置けるのだ。
そんな『ジョーカー』について私見を述べるならば、アーサーに襲い掛かる「生き辛さ」は、間違いなく現代にも存在するものだ。しかし、そういった諸問題が「種子」だとして、アーサーがジョーカーに変化したことを「花」と表現するならば、問題はそのどちらに焦点を合わせるか、という部分である。
「種子」は、誰もが持っているのだろう。誰もが感じているのだろう。しかし、その全てが「花」になるとは限らない。裏を返せば、いつ誰の「種子」が萌芽するかも分からない。そういった意味で、「誰もがジョーカーになってしまうかもしれない」も、「そんな訳ないだろ」も、見ている部分の違いでしかないのだろう。実は同じ畑の中の話である。
何より、こうしてひとつの映画をきっかけに議論が交わされ、やれ社会の歪みだ、やれ経済の課題だ、やれ社会保障の闇だと、誰もが何かしらの立場で語ってしまうことこそが、すこぶる「ジョーカー的」ではないか。まるでそれがジョーカーによる新手のテロのように、賛否どちらであれ、皆が『ジョーカー』について一言述べておきたくなる。ジョーカーが自叙伝を監督・撮影し、それを世界中で公開してムーブメントを作る。そういった妄想が膨らんでしまうほどに、ジョーカーというアイコンは魅力的なのである。
そして、だからこそ、映画は極力リアルタイムで味わいたい。叶うなら公開週末に映画館で観たいし、そこから移ろいでいく様々な感想を並走する形で追いかけたい。「映画なんて後でDVDで観ても同じ」と言われることもあるけども、私は、そうは思わないのである。この時勢や臨場感は、パンフレットには載らないし、特典映像にも収録されないのだから。
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