ジゴワットレポート

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『リュウソウジャー』における実質的な「等身大戦」の撤廃について

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『騎士竜戦隊リュウソウジャー』、これを書いている時点で4話までの放送が終了。以前、放送開始直前に「戦隊はじめ」を勧める記事を書いたけれど、その中で、私は『リュウソウジャー』について以下のようにまとめた。

 

 今回の『リュウソウジャー』のポイントは、大きく3つ。①変化球からの揺り戻しとしての王道戦隊、②シリーズ過去作の「いいとこどり」な豪華さ、③王道を作る新風スタッフ陣の挑戦。まさに温故知新ですよ。戦隊シリーズの王道の型を継承しつつ、随所を現代型にアップデート。「当てにいく」クレバーな側面と、それを作る戦隊初参戦の監督&脚本家。初めて本作に触れる人には、その完成された型の魅力を。シリーズ継続視聴者には、王道という土台の上で感じられる新風を。良い感じのバランス感覚。

 

①については、代々受け継がれてきた伝承の戦士という初期設定や、メンバー各々の相棒ポジションとしてキャラクターが与えられている騎士竜、次第にメンバーがそろっていく序盤の話運びなど、実際にフタを開けてみても「王道だ!」と感じるポイントが多い。②は主に玩具販促の面だけど、コレクターズアイテム商法を武装とロボで共通規格にする辺り、ここ数年の着実な進化を今年も引き継いでいる。

 

今回この記事で取り上げたいのは、③である。「新風スタッフ」と書いたが、誰それというより番組そのものが持つベクトルとして、まさか長年培われてきた「等身大戦」のフォーマットを実質的に撤廃していくとは思ってもみなかった。これは本当に驚きである。

 

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多くの戦隊作品において「まずは等身大戦で敵を倒して」「巨大化した敵にロボで対応する」というパターンが多かったのは、こんな場末の特撮オタクのブログを読んでいる人なら当然ご存知だろう。歴史を辿ればロボットの登場が後発なので(バトルフィーバーロボ)、まずは等身大ヒーローとしての活躍があり、それに追加される形で、巨大戦というフォーマットが確立してきた訳である。いつしかスーパー戦隊シリーズにおいては、「等身大戦」「巨大戦」のふたつをこなすのが当然の様式として根付いてきた。

 

それは、敵を二度倒す、ということ。「二度撃破」の概念。様式美以前に、ひとつの商業作品として、変身アイテムも、武器も、ロボット玩具もアピールしたい。そんなオトナの事情も総合した上で、双方の活躍シーンを別個に設定する。商品展開としては、例えば同じアイテムを武器にもロボにも使用できる戦隊や(近年では、ニンニンやキュウレンなど。今年のリュウソウもこのパターンに該当する)、変身アイテムとロボが完全に同一のものなど(昨年のエックストレインはこの路線の完成形といえる)、その様式美には様々な「答え」と「応用」が提示されてきた。

 

 

「応用」をもう少し掘っていくと、これはつまり、その伝統の様式美に個々の作品がいかに理屈をつけてきたか、という部分にある。

 

アラサーである私の世代的には、敵組織の「巨大化係」が、戦隊メンバーが「等身大戦」で敵を倒した直後に現れ、ビーム的な何かを注いで怪人を巨大化させる、というフォーマットに馴染みが深い。他の例だと、例えば『シンケンジャー』では「敵は一度倒しても復活する性質を持つ」という割り切った設定を持ち込んでいたり、『ゴーバスターズ』では「等身大の怪人とは別個体の巨大な敵が同時に進攻してくる」という試みがなされた。特に『ゴーバスターズ』の方は、「まずは等身大戦」「続いてロボ戦」という固定されたストーリー進行の順序を意図的に崩すもので、見ごたえがあった。

 

などと前置きが長くなったが、現行の『リュウソウジャー』である。

 

実に驚くべきことに、本作品は、「まずは等身大戦」「続いてロボ戦」というフォーマットを実質的に撤廃している。もちろん、見た目としては、等身大の怪人と等身大のリュウソウジャーが戦い、番組後半で巨大化した敵とロボが戦う流れになっている。しかし、決定的に従来のシリーズと異なるのは、「等身大戦で敵を倒さない」ことにある。

 

戦って、敵を追いつめたり逆にやられたりはするものの、撃破のシークエンスはロボ戦のただ一回に集約される。宿主のマイナスの感情を吸収するマイナソーという怪人は、放っておいたら自動で巨大化してしまうのだ。巨大化係もいなければ、別の個体という訳でもない。同一の敵が、いつの間にか大きくなっていく。

 

我々視聴者と同じサイズ感のヒーローが、そのまま敵の撃破に至らない。怪人が次第に巨大化するので、リュウソウジャーはロボに乗り込み、迫力の巨大戦でやっとこさ撃破する。これほどまでに「一度撃破」に振り切った例はそうそう無いので、良くいえば斬新であり、悪くいえば違和感がすごい。「二度撃破」というフォーマットにこれでもかと慣らされていた自分に気付く。「等身大戦」自体はあるのだけど、それ単体では勝利に至らないあたり、タイトルにも書いたように「実質的な撤廃」に思えてならない。

 

ただこれは、奇抜さを狙った安易なフォーマット崩しなどではなく、あくまでロボの活躍を主軸としたストーリー展開に重きを置いている、ということだ。「等身大戦」で撃破に至らない代わりに、ロボ戦の映像をとにかく追求する。それは、SNSを中心に話題になった1話のロボ戦に顕著である。従来の戦隊ロボには見られなかったスピード感や、オープンセットでの大迫力の戦い、火を噴く巨大怪獣とロボットの肉弾戦。ドローンもしくはクレーンによる空撮も相まって、「等身大戦」を撤廃する意図が如実に伝わってくる画作りであった。

 

つまりは、「等身大戦の撤廃」と書くと言葉が強くなってしまうが、「リュウソウジャーの活躍」を描くという意味では全くブレてはいない。「リュウソウジャーの活躍」に、「等身大戦」や「ロボ戦」といった区分を設けず、変身アイテムも武装も武器もロボも、その全てを前線に投じた総合力で敵を撃破するのだと、そういうアプローチなのである。それは結果的に、従来の「二度撃破」のフォーマットから外れているが、その分、「ロボ戦」の映像への凝りようが凄まじい、というバランスだ。

 

バンダイ 騎士竜戦隊リュウソウジャー 騎士竜シリーズ01 竜装合体 DXキシリュウオー

バンダイ 騎士竜戦隊リュウソウジャー 騎士竜シリーズ01 竜装合体 DXキシリュウオー

 

 

オトナの事情的に語ってしまえば、おそらく、最も「売りたい」アイテムとして設定されているのが、キシリュウオーなのだろう。だから、総合力で敵を追いつめ、番組終盤にまで引っ張ったたった一回の撃破をキシリュウオーに担当させる。そして、そのキシリュウオーの活躍をド派手に撮る。マーケティングの戦略として理に適っているし、それまでのシリーズに大なり小なり存在していた「消化試合的にこなされてしまうロボ戦」への痛烈なカウンターにもなっている。今年は、そもそも「等身大戦」「ロボ戦」というくくりを設けないのだ。

 

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王道の設定を引っ提げて始まったかと思えば、この「等身大戦」の扱いがびっくりするほど前衛的な『リュウソウジャー』。まさか、戦隊の偉大なフォーマットである「二度撃破」を崩してくるとは。個人的には、初期に9人いるより、ふたつの戦隊が登場するより、よっぽど「攻めて」いるようにも感じてしまう。「応用」に留まらない、「構造」に手を突っ込んだ印象があるのだ。

 

昨年の『ルパパト』でもロボ戦の映像においては新しい魅せ方が多かったが、今年の『リュウソウジャー』はまたそれとは違った路線、つまりはVFXよりSFXに寄せた魅力を強く打ち出していくのだと、そういう気概を感じるカットが多い。この「等身大戦」という区分の撤廃は、キシリュウオーのド派手な映像があって初めて成立する。逆を言えば、そこが仮におざなりになってしまえば、番組全体の推進力が欠落してしまう前のめりの博打だ。

 

等々、徒然と書いたものの、数ヶ月後にはしれっと「等身大戦」「ロボ戦」の「二度撃破」フォーマットに着地しているかもしれない。敵幹部の前線入りがペース的に速いので、タンクジョウを早いうちに倒して、新たな展開に突入するのかな、とも見ている。

 

「王道」と「新風」のバランスは、息が長いシリーズこそ難しいものだ。番組開始前の予想に比べ、『リュウソウジャー』はここに果敢に挑んでいる印象が強くなってきた。「ロボ戦の映像がすごい!特撮!眼福!」という歓喜もあれば、「等身大戦で敵を撃破しないのはやっぱりちょっと物足りないのか?」という感情もあり・・・。兎にも角にも、まだ始まったばかりということで、今後の展開に期待したい。まずは、近いうちに登場するであろう五体合体の活躍が楽しみである。

 

バンダイ 騎士竜戦隊リュウソウジャー 騎士竜シリーズ05 DXミルニードル

バンダイ 騎士竜戦隊リュウソウジャー 騎士竜シリーズ05 DXミルニードル