ジゴワットレポート

映画とか、特撮とか、その時思ったこととか。

『パシフィック・リム』冒頭の出撃シーンで泣く人と、泣かない人

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TwitterのTLに以下のツイートが流れてきて、「そうそう、『好き』と『面白い』ってイコールじゃないんだよね!」となったのが今朝の話。

 

 

この手の話で思い出すのが、「泣く」と『パシフィック・リム』の話。

 

度々このブログでも書いているが、ご多分に漏れず大好きな作品で、公開当時に何度も映画館に足を運んだ。

そして、当時まだ付き合っていた嫁さんを誘って、念願の4DXを観に行ったことがある。私は5回目くらいの鑑賞で、嫁さんは初。

 

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というより、元々嫁さんは映画を映画館で観る習慣がない人で、「DVDで十分でしょ」なタイプだった。私と映画館に行くようになって、「映画を映画館で観る面白さ」を知ったクチ。

で、彼女はそれを「画面の大きさや音響による没入感が魅力」と捉えているようで、彼女にとって映画館で映画を観るという行為は、アトラクションとしての性格が強いようだった。

 

なので、何度誘っても見向きもされなかった「ロボットと怪獣がドンパチ殴り合う映画」を、「席が揺れて動いて霧とか水とかフラッシュとかすごいやつ」と抱き合わせることで、やっとこさ「観たい!」を引き出すことができた。

 

話が脱線したが、そんなふたりでの『パシフィック・リム』。もう何度も観ているのに、私は冒頭の出撃シーンでまたもや泣いてしまった。

力強い音楽と、細部にまでこだわりが行き届いた映像。軽口を交わす兄弟がスーツを装着し、ジプシーの頭部がパイルダーオンして、大海原にノッシノッシと歩き出す。あの言い知れぬ高揚感に感極まって、ジーンときてしまう訳だ。

 

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が、実際に観終わって嫁さんと感想を語り合うと、「出撃シーンで泣く」という事象を全く理解してもらえない。

よくよく聞きだしてみると、彼女にとって「(映画を観て)泣く」という行為は、つまりは「悲しい」や「嬉しい」とイコールなのだ。なので、私が出撃シーンで泣いたほんの数分後に、兄貴が死んで少しホロリときたらしい。

 

例えばミステリー映画でシナリオがあまりにも上手くて完成度に感慨深くなり「泣く」とか、続編開始1分でキャラクターたちに再会できた喜びで「泣く」とか、ポケモンやコナンの映画を観た際に堂々と流れるオープニングのメインテーマで「泣く」とか、そういう私の感覚の「定規」は、結婚した今も嫁さんには理解してもらえていない。

嫁さんにとっての「泣く」は、誰かが死んで悲しいとか、やっと成就して嬉しいとか、そういう感情の動きと(ほぼ)イコールだからだ。

 

これは、別にどちらが良いとか悪いとか、そういう話ではない。ただ、私の定規が誰かに理解してもらえる確率は、そうじゃない場面に比べて圧倒的に低い。(体験調べ)

単なる感性の違いと言ってはそれまでだが、「普通の人」は、「『パシフィック・リム』の出撃シーンで泣く人」に、怪訝な視線を向ける場合が多い。(そもそも「普通の人」は『パシフィック・リム』を知らない。これは構造を伝えるための例である。)

 

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話を冒頭に戻す。

 

この『パシフィック・リム』の話と冒頭のツイートの内容は同じ構造だと思っていて、私にとって、「面白い」「クオリティが高い」「好き」は全然イコールじゃなくて、「感動する」「悲しむ」「泣く」も全てが違う。

だから、「面白いのに好きという感覚が湧かない」という先のツイートの感覚は心底理解できるし、「感動するけど泣けない」とか、「好きだけどクオリティは低いと思う」とか、一見すると良く分からない感想に落ち着くことが多い。

 

その、「なんでそんな感想になったのか?」というふんわりした疑問が、Twitterに感想をツイートしたりブログに書き散らしたりすることで、次第に整理されていく。何かしら形にするという行為は、本当に偉大である。

 

「言ってることは賛成だけど好きじゃない」。

「最高にバカバカしくてなんだか泣けてきた」。

「正直言ってクソだけど大好き」。

 

感情と理屈の狭間に、なんとか言葉で折り合いをつける。

昨今のSNSでは作品解釈やその感想で紛争が起こることも少なくないが、そのほとんどがこの定規の違いによって起きていて、互いに自分の定規で斬り合っているのだろう。

 

このブログでは引き続き、ディスプレイの向こうに向けて、私の定規を恥ずかしげもなくひけらかしていきたい。